リテール大革命

「DXすれば万事解決」は幻想 米ドラッグストア大手の破綻にみる、デジタル投資の落とし穴がっかりしないDX 小売業の新時代(1/3 ページ)

» 2025年07月31日 07時00分 公開
[郡司昇ITmedia]

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連載:がっかりしないDX 小売業の新時代

デジタル技術を用いて業務改善を目指すDXの必要性が叫ばれて久しい。しかし、ちまたには、形ばかりの残念なDX「がっかりDX」であふれている。とりわけ、人手不足が深刻な小売業でDXを成功させるには、どうすればいいのか。長年、小売業のDX支援を手掛けてきた郡司昇氏が解説する。

 「デジタル投資をすれば、店舗は変わる」――そんな期待が小売の現場にあるのは、日本も米国も同じです。

 筆者は6月、米国の小売業の視察に行きました。現地で目の当たりにしたのは、デジタル技術を取り入れても変革は出来なかった企業の終末でした。

 米ドラッグストア大手のRITE AID(ライト・エイド)は、わずか7カ月で2度の破綻に追い込まれ、閉店することになりました。

 その背景には、DXや業態転換だけでは解決できない、根深い問題がありました。米国特有の制度にも関わる話ですが、日本の小売業にも通じる示唆があると感じます。現地視察で見えてきた、その“本質”をお伝えします。

ショッピングセンター「Harbor Center」(2025年6月27日、筆者撮影)

著者プロフィール:郡司昇(ぐんじ・のぼる)

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20代で株式会社を作りドラッグストア経営。大手ココカラファインでドラッグストア・保険調剤薬局の販社統合プロジェクト後、EC事業会社社長として事業の黒字化を達成。同時に、全社顧客戦略であるマーケティング戦略を策定・実行。

現職は小売業のDXにおいての小売業・IT企業双方のアドバイザーとして、顧客体験向上による収益向上を支援。「日本オムニチャネル協会」顧客体験(CX)部会リーダーなどを兼務する。

公式Webサイト:小売業へのIT活用アドバイザー 店舗のICT活用研究所 郡司昇

公式X:@otc_tyouzai、著書:『小売業の本質: 小売業5.0

 先日、筆者は米国視察同行の仕事で、スーパーマーケットチェーンの「メルカド・ゴンザレス」に赴きました。

 メルカド・ゴンザレスは、メキシコ系スーパーマーケットであるノースゲートマーケットが運営する新コンセプトの店舗。従来の画一的な店舗レイアウトを捨て、メキシコの伝統的なメルカド(市場)をモデルにし、2023年秋にオープンしました。

 ここは食材小売店・屋台村風フードコート・エンターテイメントが一体になった、食のテーマパークのような店舗です。

ノースゲートマーケットの新コンセプト店舗「メルカド・ゴンザレス」(2025年6月27日、筆者撮影)

 食品小売、外食など業界関係者の注目を集める店舗だけあり、多くの来客でにぎわっていました。また、同店が入るショッピングセンター「Harbor Center」自体がにぎわっており、5$商品中心で業績好調なディスカウントショップ「fiVe BELoW」や、世界最大手ホームセンター「Home Depot」の店内も、大勢の客が訪れていました。

 Home Depotは質実剛健で無骨な店舗外観の店が多いのですが、Harbor Centerの店舗は外観が特徴的です。同じ施設内にある米第3位の規模の大手ドラッグストアチェーン「RITE AID」の店舗も凝った外観で、ドライブスルー調剤機能も備えていました。

 「店舗の成否は8割立地で決まる」――と俗に言われることが多く、8割はともかく、筆者も最重要要素の一つであると考えます。

 そんなRITE AIDの店舗に立ち寄ったところ、ちょうど7日前に閉店していて、施工業者が撤去作業をしている最中でした。

RITE AID Harbor Center店。施工業者が撤去作業をしている最中だった(2025年6月27日、筆者撮影)

 RITE AIDは2023年10月に初回の破産申請を行い、2024年9月に一度再生を果たしましたが、わずか7カ月後の2025年5月に再び破産申請をする事態となりました。

 前回の倒産後も店舗を運営していたので、今回も倒産したといいつつ、店舗は続いているのではないかと思っていたのですが、あらためて調べてみると全店舗の閉鎖を進めているとのことでした。

薬局と対立する巨大な敵

 米国の薬局ビジネスを理解するには、日本には存在しないPBMという中間業者の存在を知る必要があります。この制度こそが、RITE AID破綻の根本原因となった構造的問題の核心部分です。

 日本では薬の価格は国が決める薬価で全国一律です。

 患者は国民皆保険により通常3割を負担し、残りは保険者が薬局に直接支払います。薬局の収益は調剤報酬制度によって規定された調剤料と薬価差益から成り立ち、透明性の高いシステムです。

 一方、米国では薬の価格は製薬会社が自由に設定し、患者の負担額は加入する保険によって大きく異なります。さらに重要なのは、薬局に対する支払い(償還額)を決める権限を、PBMという民間企業が握っていることです。

 PBMは「Pharmacy Benefit Manager:薬剤給付管理会社」の略で、保険会社と契約して処方薬の給付を管理し、「どの薬局にいくら支払うか」を一方的に決定します。計算式は「薬剤費+調剤料−割引=償還額」となりますが、この「割引」部分をPBMが恣意的に決められるのです。

 現在、CVS Caremark、Express Scripts、OptumRxの3社だけで米国市場の80%を支配しています。PBMは多くの患者を薬局に送るという交渉カードを持っているため、薬局側は交渉力がほとんどなく、PBMの言い値を受け入れるしかありません。

 PBMの収益源は複雑です。保険会社からは管理料を受け取り、製薬会社からはリベート(販売奨励金)を受け取ります。保険会社に請求する額と薬局に支払う額の差額は利益となります。この収益構造により、PBMは薬局への支払いを抑えれば抑えるほど利益が増大する仕組みになっています。

 大部分の薬局チェーンは自社PBMを持たないため一方的に不利な条件を強いられます。2023年には独立薬局が1日1軒のペースで閉鎖し、“薬局砂漠”が全米に拡大しています。

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