こうしたデジタル富裕層を狙い撃ちするのが、SMBC・SBI連合の「Olive Infinite」だ。最大の特徴は、証券取引でポイント還元を行う「完全に逆ザヤ」の戦略である。一見すると収益を圧迫するが、伊藤氏は「ここはブルーオーシャンだと思っている」と断言する。
狙いは「手数料は安いけどコンサルティングは受けたい」「対面じゃなくてもいい」という層だ。これまで「手厚いコンサルティングで高い手数料のサービス」と「セルフサービスで安いネット証券」という両極端しかなく、その中間のニーズに応える受け皿がなかった。
収益モデルは「総合採算」が前提となる。伊藤氏は「一定数のお客さまにSBI証券を使っていただき、資産が貯まったり、相続でお金が一気に入ったりしたときにコンサルニーズが発生する。そこをマッチングさせていく」と説明。単体での採算というよりは、全体での採算を重視して設計しているという。
面白いのが「選べるコンサルティング」制度だ。従来の金融機関では担当者が固定されるが、Olive Infiniteでは顧客が自らコンサルタントを選択できる。伊藤氏は「これまでの実績や評判、星の数といった材料をお客さまに出して、この人に相談してみようと選べるようにしたい。2回目以降も同じ人に継続するか、別の人に変えるかも選べる」と説明する。
この仕組みは「金融機関の人に相談するとだまされるんじゃないか」という顧客の不安に対する回答でもある。一任契約ではなく助言型のアプローチで、「最終的に購入されるのもお客さま自身に任せる」(伊藤氏)ため、従来とは大きく異なるサービスとなりそうだ。
デジタル富裕層の台頭は、金融業界の将来像をどう変えるのか。大原氏は10年後について「すみ分けがよりくっきりしていく」と予測する。現在の富裕層ビジネスの枠組みは「金融機関のすみ分けの明確化と、担い手の規模の巨大化が起きる」と分析する。
大原啓一氏(日本資産運用基盤 代表取締役社長)。東京大学法学部卒、野村資本市場研究所を経てアセットマネジメントOne。ロンドンビジネススクールで金融学修士取得。2015年にマネックス・セゾン・バンガード投資顧問を創業し、代表取締役社長として富裕層向けの運用商品普及に尽力。2018年、日本資産運用基盤を設立。国内外の富裕層ビジネスと運用業界構造に精通推進要因として「人口減少、デジタル技術とAI、金利のある環境、地政学的不確実性」を挙げる。対面証券会社にはデジタル化のノウハウは薄く、逆にネット証券には対面コンサルティングのノウハウはない。今回のOlive InfiniteでSBI証券とSMBC日興証券がノウハウを組み合わせたように、連携がカギとなる。「その帰結するところが規模だと思う。地銀も金融機関も銀行も全てが、規模を追い求めて合併していく」と大原氏は見立てる。
具体的には「地銀再編待ったなし」で「20兆円規模の地銀に集約されていく」状況だ。さらに「大手対面証券会社も、メガバンクグループが本能として、そこを欲しがるのではないか」と見る。
デジタル富裕層の登場は単なる新市場の創出にとどまらず、金融業界全体の再編を促すきっかけとなる可能性が高い。顧客ニーズの細分化が進む一方で、それに対応する金融機関の巨大化が同時進行する――この一見矛盾する流れこそが、今後10年の金融業界を特徴づけることになりそうだ。
金融・Fintechジャーナリスト。2000年よりWebメディア運営に従事し、アイティメディア社にて複数媒体の創刊編集長を務めたほか、ビジネスメディアやねとらぼなどの創刊に携わる。2023年に独立し、ネット証券やネット銀行、仮想通貨業界などのネット金融のほか、Fintech業界の取材を続けている。
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