自治体のデジタル化といえば「BPR」(業務プロセス改革)や「RPA」「ローコードツール」といった言葉が先行しがちです。しかし、実際には人材不足や高コストといった壁に直面し、「部分最適で終わってしまった」という経験を持つ自治体職員の方も多いのではないでしょうか。
いま注目されているのが、課題をその場で解決する“小さなシステム”を自動生成できるAIエージェントです。試して、合わなければすぐ捨てられる――。そんな軽やかなDXの進め方が、自治体職員の働き方を大きく変える可能性があります。
今回は、自治体のCIO補佐官としてDX支援を手掛ける筆者が、AIエージェントを実際に活用して自治体業務を効率化する具体的なケースを紹介します。
川口弘行合同会社代表社員。芝浦工業大学大学院博士(後期)課程修了。博士(工学)。2009年高知県CIO補佐官に着任して以来、省庁、地方自治体のデジタル化に関わる。
2016年、佐賀県情報企画監として在任中に開発したファイル無害化システム「サニタイザー」が全国の自治体に採用され、任期満了後に事業化、約700団体で使用されている。
2023年、公共機関の調達事務を生成型AIで支援するサービス「プロキュアテック」を開始。公共機関の調達事務をデジタル、アナログの両輪でサポートしている。
現在は、全国のいくつかの自治体のCIO補佐官、アドバイザーとして活動中。総務省地域情報化アドバイザー。公式Webサイト:川口弘行合同会社、公式X:@kawaguchi_com
こんにちは。「全国の自治体が抱える潜在的な課題を解決すべく、職員が自ら動けるような環境をデジタル技術で整備していく」ことを目指している川口弘行です。
前回の記事の冒頭で、OpenAIがGPTのオープンモデルをリリースしたことを紹介しました。同社の戦略上、無意味にGPT-OSSをリリースするとは思えず、次なる新しいサービスの登場を予感させていたのですが、驚くことにそれはすぐに現実のものとなりました。
OpenAIがGPTの次期バージョンである GPT-5 をリリースしたのです。
OpenAIのサム・アルトマンCEOによれば、GPT-3は「高校生」、GPT-4は「大学生」、そして今回のGPT-5は「専門家」――なのだそうです。
そして、以前のモデルに比べて、ハルシネーション(幻覚:もっともらしいウソをつくこと)の割合も減り、より中立的なモデルを目指したとも言われています。
生成AIの能力について言えば、筆者自身、大学生レベルのモデルですら使いこなすのは簡単ではないと感じていますが、それでも生成AIの進化は着実に進んでいると実感します。
ところが、話はここで終わりません。
ChatGPTはこれまで利用者とやり取りした内容の中で重要だと判断したものを記録する「メモリー機能」というものがあります(このメモリーの内容は利用者側で削除、修正することもできます)。このメモリー機能により、利用者との共通の背景知識を持つことで、一層自分に身近なAIとして振る舞うことができていました。
しかし、GPT-5への切り替えに伴いメモリー機能がうまく引き継がれず、共通の背景知識がリセットされてしまいました。そのうえ、「中立的なモデル」は、見方によっては「杓子定規で冷たいモデル」とも受け取られ、利用者にとって唯一無二のパートナーを失ったと感じる方利用者が多く現れたのです。
X(旧:Twitter)上では #keep4o というタグで以前のモデルを返してほしいと嘆く書き込みをいくつも見つけることができます。実は、人間とAIとの関わり方も新しい時代を迎えていたということなのでしょうかね(筆者もちょっぴり気持ちは分かります)。
さて、本題に入りましょう。
前回は公務員を「待遇」や「やりがい」という観点から考えてみました。
(関連記事:「志はある。でも……」 自治体職員の意欲が育たないのはなぜ? デジタル化以前に取り組むべきこと)
やはり筆者の肌感覚としても、デジタル化への拒否感というよりも仕事そのものへの拒否感を持つ方が一定数いて(民間企業も同じだと思いますが)、デジタル変革を阻む一つの砦(とりで)になっているのだと思うのです。
もしそうならば、仕事への拒否感をデジタル技術で解消するアプローチは有効なのではないかと考えたのでした。つまりデジタル化は「嫌な仕事を肩代わりするための手段」という一面を持つべきなのです。
では、肩代わりするための「嫌な仕事」とは具体的にどういうものなのでしょうか? それを業務的に整理して、デジタル化できる部分をデジタル技術に置き換えて……。
あれ? これって自治体における「BPR」(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)として、これまでも取り組んできたことなのではなかったでしょうか? 特に新しい話でもありませんね。
もちろん、この「自治体BPR」というアプローチもまだまだ有効なのかもしれませんが、意外な落とし穴があります。
BPRの意外な落とし穴、それは、
――というものです。
BPRでは、業務の可視化や課題の発見が非常に重要ですが、これらの作業は実施者の能力に大きく依存してしまいます。実際、こうした作業を十分にこなせる職員はごくわずかであり、適切な人材がその役割に配置されることもあまり期待できません。
そのため、職員の知見不足を補う目的で外部コンサルタントを招くこともあります。しかし、自治体では「BPR」という言葉だけが独り歩きし、人材は不足傾向です。そのため、受託事業者が十分な能力や経験を持たないコンサルタントを送り込むケースも少なくありません(私自身も過去にそのような事例で苦い経験をしたことがあります)。
また、外部委託する時点でコストが掛かりますが、これは課題の解決を約束するものでもありません。その上、部分的なシステム化がゴールとなりやすいので、システム導入した時点で相応のコストが掛かってしまいます。
本来、BPRにより期待すべきなのは、不要な業務の廃止であり、「廃止すべき業務の効率化」ではないのですが。
筆者はへそまがりなので、少し違う角度から考えてみようと思います。名付けて「AIエージェントでコストを抑えてへたな鉄砲を数多く撃ってみよう」作戦です。
まず、多くの業務がシステム化されている現状を考えると、現在残されている課題の多くは不確実性が高い業務によるものか、システム化するには規模が小さくてペイしない業務によるものだと思います。これらはシステム化をゴールとするBPRの対象から外れてしまいます。
その上、社会情勢や法改正など外的要因がどんどん変化する中で、BPRによる全体最適化の賞味期限はどんどん短くなっていることを考えると、BPRで解決できる領域はあまり残されていないのではないかと思います。
それならばBPRなど止めてしまい、当事者や周囲が気付いた課題に対して、即座に解決する道具を作り、使ってみる。使ってみてしっくり来なければ修理(修正)する。それでもダメならば捨ててしまう。
「そんなこと、できるの?」――。そんな声が聞こえてきそうです。
以前は、デジタル化のコストが高くて、事前にデジタル化・システム化の計画を立て、委託するための予算を計上しないとダメでしたが、今はすぐに作って試せる(プロトタイピング)時代に変化してきている、というのが筆者の考えです。
「RPAですか? ローコードツールですか?」
RPAは、PCの画面の様子を取得しながら、キーボードやマウスの操作を自動化するツールですね。PCの自動処理という観点では有効ですが、システムの変化(特に操作するソフトウェアの画面デザインの変化)やPCのモニターを変えて画面解像度の変更が発生すると、動作しなくなりますし、それを解消するにもコストがかかります。
ローコードツールは、システム画面を構成する部品を画面上に並べると、それに応じたデータ入力画面が作成され、データの登録、出力が可能というものです。ただ、簡単な画面ならば作れますが、少し複雑な処理をさせようとすると、ローコードツールでは実現できないか、非常に複雑な方法にならざるを得ない、というのが弱点です。
また、RPAもローコードツールも職員が作成した場合、それを組織で管理するITガバナンスの問題は無視できず、野良ロボット、野良ツールのような存在を庁内に許してしまうことになります。
余談ですが、筆者が関与する自治体では、RPAもローコードツールも職員が作ったものは、その職員が異動した時点で捨てるように指示しています。
自分の仕事を楽にする道具を作っただけであり、後任が同じ仕事のやり方を強制される必要もありません。何よりもブラックボックスになっているツールをメンテナンスすることができないと、前任者が呼ばれてその対応をさせられる、という場面をよく見てきたからです。
このようなITガバナンスの問題になるのは、RPAもローコードツールも開発に相応のコストが掛かってしまうので、「捨ててしまうのはもったいない」と考えるからです。逆に言えば、コストを掛けずに実現できるのならば、捨ててしまうことも容易です。
そこで、AIエージェントの登場です。
「志はある。でも……」 自治体職員の意欲が育たないのはなぜ? デジタル化以前に取り組むべきこと
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