自治体DX最前線

デジタル人材を入れたのに、なぜ失敗? 自治体DXに潜む「構造的ミスマッチ」とは(1/2 ページ)

» 2025年07月30日 07時00分 公開
[川口弘行ITmedia]

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 高度専門人材を登用したのに、なぜかうまくいかない――。

 自治体のデジタル化を加速させる切り札として期待される「高度専門人材」や「CIO補佐官」。政府主導で採用・配置が進む一方で、現場ではその力を十分に生かせないまま終わってしまうケースが後を絶ちません。

 背景にあるのは「外部人材が自治体の組織文化に馴染めなかった」や「人材を迎え入れる自治体側の準備不足」――などといった構造的なミスマッチです。

 今回は、自治体のCIO補佐官として複数自治体で活動する筆者の実感をもとに、「なぜ高度専門人材を登用しても変革が起きないのか」を問い直してみたいと思います。

高度専門人材を登用したのに、DXがうまくいかないのはなぜ? 写真はイメージ(ゲッティイメージズ)

著者プロフィール:川口弘行(かわぐち・ひろゆき)

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川口弘行合同会社代表社員。芝浦工業大学大学院博士(後期)課程修了。博士(工学)。2009年高知県CIO補佐官に着任して以来、省庁、地方自治体のデジタル化に関わる。

2016年、佐賀県情報企画監として在任中に開発したファイル無害化システム「サニタイザー」が全国の自治体に採用され、任期満了後に事業化、約700団体で使用されている。

2023年、公共機関の調達事務を生成型AIで支援するサービス「プロキュアテック」を開始。公共機関の調達事務をデジタル、アナログの両輪でサポートしている。

現在は、全国のいくつかの自治体のCIO補佐官、アドバイザーとして活動中。総務省地域情報化アドバイザー。公式Webサイト:川口弘行合同会社、公式X:@kawaguchi_com


確証バイアスとエコーチェンバー現象

 こんにちは。全国の自治体のデジタル化を支援している川口弘行です。

 ここ最近、自治体のデジタル人材育成に関する仕事をしているせいか、WebサイトやSNSなどでも人材育成に関する話題を多く見かけます。

 「もしかして、自分は世の中のトレンドをうまくキャッチできているかも?」と思いがちですが、そこには2つの要素が隠れています。

 一つは、認知心理学で言われる「確証バイアス」です。例えば、自分が購入した商品に関するテレビCMが、以前よりも頻繁に目に入ると感じたことはありませんか? 自分の関心や行動が正しいと信じたいがために、それを補強する都合の良い情報ばかりを集めてしまう心理現象です。

 駅のホームには病院や診療所の看板がたくさん掲げられていますが、普段はあまり意識しないものです。しかし、体調が優れないときには自然とそうした看板が目に留まるようになります。これは、自分の関心が体調に向いているため、無意識のうちに関連する情報を探してしまう心理的な仕組みです。

 最近の筆者は「人材育成」に対する優先度が高いので、確証バイアスが働いているのかもしれません。

 もう一つはSNSなどの表示アルゴリズムです。

 X(旧Twitter)やFacebookなどのSNSやYouTube、TikTokなどの動画配信サイトは、閲覧者がどのようなテーマの情報やコンテンツを求めているのかを推測し、閲覧者にとって「心地いい」ものを優先して表示させるような仕組み(アルゴリズム)が備わっています。

 SNSの閲覧履歴や検索履歴だけでも関心のあるテーマは推測可能ですし、閲覧者の行動による仮説検証も容易なので、このアルゴリズムの精度は非常に高いものになっています。その結果、自分に関心のあるテーマだけに囲まれたデジタル空間ができてしまいます。

 筆者自身がXで自治体の人材育成について書き込めば、人材育成に関する記事や広告が勝手にやって来る、という仕組みなので、自分の意見や考えが強化され、他の視点や意見に触れる機会が減っていくおそれもあります。これを「エコーチェンバー現象」と言います。

 エコーチェンバーと言えば、以前の記事に対して大変興味深いコメントをくださった方がいらっしゃいました。

DeepResearchを使い込んでみないと分かりませんが、調査の前提条件として質問者のプロンプトによるバイアスが強すぎるように見えます。AIとの対話がエコーチェンバーの一人よがりにならないよう気をつけないといけないと感じます

 確かに生成AIは、回答に対する一定の方向付けがプロンプトにより可能なので、DeepResearchのように調査を目的とした場合、その中立性について留意しておく必要はあります。

 ただ、これは生成AIに限った話でもなく、民間のシンクタンクなどに調査を依頼する場合も、発注者の意向に沿うような調査結果を出す(捏造という深刻なものではなく、表現できる範囲で結果に濃淡を付けたり、説明しにくい情報は除外したりする程度)ことはよくある話です。

 つまり「別の立場の方の意向に沿うような回答」とも衝突させてみることが大切なのでしょうね。以前このコラムでもお伝えしましたが、生成AIの回答は意見なのです。そして、意見を基に決めるのは人間なのです

高度専門人材と自治体の「ミスマッチ」はなぜ起こる?

 さて、今回はデジタル人材のうち「高度専門人材」の役割について考えてみましょう。言い換えると、高度専門人材を外部から確保したとして、その人材に何をさせたいのか? という話です。

 ここで筆者自身の状況をお伝えしましょう。

 総務省の抱いているイメージは、高度専門人材も組織の一員であり、「組織の中に入り込んで活動する」というものです。

 確かに、10年以上前は行政機関でCIO補佐官のポストを置き、外部から任用するケースは少なく、特に自治体に限って言えば全国で30人程度のポストしかなかったように思います。もちろん筆者も特定の自治体で常勤していました。

 ところが、ここ2、3年で状況が一変しました。全国の自治体でほぼ同じ時期にCIO補佐官やDXアドバイザーが求められ、需要と供給のバランスが崩れてきたのです。また、あまり知られていませんが、外部から任用された人材と自治体のミスマッチも発生していて、任用した人材が定着しないという状況も散見されました。

 ミスマッチの原因はさまざまです。

  • 外部人材が自治体の組織文化に馴染めなかった
  • 自治体側が外部人材に明確な職務を定義できていなかった
  • 外部人材の職務活動に対して自治体側でそれらを受け入れる体力がなかった

 そして、案外重要なのが、

  • 外部人材の能力に対して、待遇がマッチしていなかった

――というものです。

 結果的に筆者は独自のスタイルで、全国の自治体を支援するようになっています。単独の自治体に常勤専任せず、専任者の2割ぐらいの関与密度と待遇で、専任者の4割ぐらいの成果を生み出すようにすることで、自治体全体としてのコストパフォーマンスを高める、という戦略です。

 新型コロナウイルスによる社会環境の変化もこのスタイルを後押しする結果となりました。自治体内常勤ではなく、オンライン会議などのネットワーク技術を使って、必要な時に必要なだけ関与することもできるようになりましたし、生成AIを活用した付加価値の提供も可能となりました。

 その意味では、高度専門人材は専業型と兼業型でそのあり方が異なるのだと思います。

 筆者のような兼業型の場合は、相対的に関与の密度は低くなりがちです。そもそも職員に対して命令する権限も持たないので、職員が明確に課題意識を持っている場合に、その解決に向けて助言、支援するスタイルになります。

 具体的に言えば、「自治体のセキュリティポリシー見直し」という課題に対し、以下のような一連の業務をお引き受けできます。

  • 組織内の現状調査
  • 職員のセキュリティリテラシーに関する調査
  • ポリシーの見直し案の作成し
  • 見直し案に基づいた研修計画の立案と実施
  • 実施手順の雛形作成および組織別・システム別の手順整備
  • 自己点検、監査の実施
  • 改善計画の策定とセキュリティ委員会への報告

 このように、ポリシー見直しから実行・改善・報告まで、一貫した支援が可能です。

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