カスタマーサクセスプラットフォームを提供するGainsightのStrategic Account Executive・弘中丈巳氏が、企業のデジタル変革とイノベーション創出の最前線に迫るインタビュー連載。AIに先進的に取り組む企業のリーダーと対話し、真の顧客価値創造とビジネス成長のヒントを探ります。
生成AIの登場によって、業務の効率化や創造性の発揮に新たな可能性が広がっています。その一方で、自社内でどのようにAIを活用すべきか、まだ手探りだという企業も少なくありません。
「まずは社内メンバーが当たり前にAIを活用していなければ、お客さまにAI機能を提案することはできない」と、全社を挙げてAI活用を推進しているのが、法人支出管理・勤怠管理のAIクラウドサービスを手掛けるLayerXです。
同社では2023年末の意思決定を機に、製品開発とは分離した「社内の業務効率化に特化したエンジニアチーム」を立ち上げ、営業・CS・バックオフィス全体でAIツールを次々と実装。現在ではほぼ全ての社員がAIを日常業務で活用するまでに至っています。
同社が社内の業務効率化に特化したエンジニアチームを立ち上げた背景や狙い、その効果について、LayerX 上級執行役員・牧迫寛之氏に話を聞きました。
弘中: LayerXでのAI活用について、具体的にどのような取り組みをされているのか教えてください。
牧迫さん: 私たちは「社員の日常業務で困っていること」を解決するツール開発から始めました。2024年2月にリリースした「企業情報自動収集ツール」が第一弾で、インサイドセールス向けに、資本金や売り上げ、役員情報、直近ニュースなど、商談前に手動で調べていた内容を、AIが一括で収集・要約してくれるものです。
これが本当に好評だったんです。社内でも「便利だね」という声が上がり、手応えを感じました。
弘中: その後は、どのように展開していったのですか?
牧迫さん: 最初のツールの反響が良かったので、そこから次々とリリースしていきました。現場へのヒアリングを重ねながら、新しいAIツールの開発と、それぞれの精度チューニングを繰り返し行っています。
現在はChatGPT、Gemini、Notion AI、NotebookLMをはじめとするさまざまな生成AIツールを活用しています。
弘中: 最初のツールが成功した要因は何だと思われますか?
牧迫さん: 「全社員が日常的に困っていること」から取り組んだのが良かったと思います。具体的には、顧客からの問い合わせ対応(利用規約、仕様など)、商談内容の要約・引き継ぎ作成、CRMへの記録作業。こうした業務は属人性が高く、時間がかかるものばかりでした。だからこそ、AI化による成果が出やすいと判断したんです。
セールスメンバーにアンケートも実施して、97.9%が「企業情報自動収集ツール」での業務効率化を実感していると回答がありました。また、平均で1人あたり、1日約50分の工数削減になっているということで、ざっくり月間約810時間と考えると、すさまじいインパクトだなと思います。
弘中: これだけ多くのツールを開発するために、どのような体制を構築されたのですか?
牧迫さん: 製品開発のチームとは分離して、社内の生産性向上だけを目的としたエンジニアチームを立ち上げました。
正直、製品チームとは別で動かすというのは、リソース的にかなりチャレンジングでした。でも、「社内でAIを活用していない会社が、お客さまにAI活用を提案できるのか?」という矛盾を感じていて、実行に至りました。
弘中: 専任体制にするのは、相当な決断だったと思います。
牧迫さん: 実は、社内でAI活用の議論が始まったのは2022年頃と、かなり早い時期からなんです。経営会議でも頻繁に「これからの時代にどうAIを活用していくか」というアジェンダが挙がっていました。
ただ、正直に言うと、議論だけが先行していた状態が続いていました。ChatGPTの登場前後から社内の熱量は高まっていたのですが、実際にリソースを確保して体制が整うまでに、2年近くはかかったという実感です。
転機となったのは2023年末です。経営会議で「まずは1つプロジェクトを立ち上げよう」と明確に意思決定され、執行役員の名村が中心となって、社内向けのAIツール開発が本格始動しました。
弘中: 専任体制にしたことで、どのような効果がありましたか?
牧迫さん: 1〜2年にわたり経営アジェンダで議論されてきた背景もあり、「やるなら本気でやろう」と専任体制で割り切りました。この判断が、後の成果につながったと思います。
専任体制にしたことで、「現場の課題を優先して解決すること」が共通認識になり、とにかく実行のスピードを最優先に進められるようになりました。100%の精度ではなくとも、一定の正答率で業務改善を実現でき、人とAIの役割分担が明確になるような、トータルの効率向上を狙ってツール開発を進めています。
弘中: 現在、どれくらいの社員がAIツールを活用されているのでしょうか?
牧迫さん: 2024年末時点でも、7〜8割の社員がAIツールを活用しており、現在はほぼ全員が日々AIツールを活用しています。ツールの活用が積極的でないメンバーには理由をヒアリングして、改善にも生かしています。
弘中: それだけ高い利用率を実現するために、どのような工夫をされましたか?
牧迫さん: 「AIを使っている」と意識させないUXを重視しています。ボタンを押す前に「AIです」と構えるのではなく、自然に業務に組み込まれる形が理想ですね。
また、全社的な文化作りにも力を入れています。2025年4月1日付でLayerXは従来の行動指針「Bet Technology」を「Bet AI」へと進化させました。これは単なるスローガンや技術導入ではなく、組織・業務・プロダクト・文化全てをAIネイティブへと再設計する戦略的コミットメントです。
弘中: 具体的にはどのような制度を作られたのですか?
牧迫さん: 「AIトライアル予算」を設け、部署やチームを問わずAIツールの試験導入ができるようにしました。AI利用のハードルを下げ、最新AIツールなども”まず試す”ことが当たり前になる状態を目指しています。各ツールの試用結果をSlackで情報共有し、優れたツールは全社展開を検討するという仕組みも作りました。
また、毎週金曜日のレビュー会(Demo Day形式)で進捗報告やアップデートの確認を行い、「Bet AI」を常に全員が肌で感じられるような施策を数多く実施しています。
弘中: AIツール活用において、セキュリティ面での懸念はありませんでしたか?
牧迫さん: セキュリティに対しても一定の基準を設けています。内製化することで、高いセキュリティレベルを担保しながらスピーディーな開発が可能になっています。
例えば、社内専用ツールでもアクセス制限をかけて、特定部門・役職の人しか閲覧できない状況を作っています。社外ツールを利用する場合では、データが学習対象にならないようルール設定をしています。
弘中: 継続的な改善はどのように行っていますか?
牧迫さん: 導入後は定期的にツールの見直しを行っており、社外ツールは2カ月利用後の継続判断、社内ツールは3カ月ごとの契約見直しを実施しています。
AIのスピードに乗り遅れないよう、新しいものを試して、評価して、実装していくというスピード感を落とさないようにしています。
弘中: 今後のAI活用について、どのような展望をお持ちですか?
牧迫さん: 今回は社内で圧倒的に便利な存在として育て切るという目線でお話しましたが、今後もAIへの投資は緩めることなく、AIが自然に"業務の一部"として存在し続ける世界を目指して進化させていきます。
社内だけの利用ではなく、お客さま向けには業務効率化クラウドサービス「バクラク」へのAI実装を進めており、多くの企業のみなさまとこのAI時代においてともに「Bet AI」を実現していきたいと考えています。
弘中: 最後に、これからAI活用を本格化させようとする企業に向けて、アドバイスをお願いします。
牧迫さん: まず、「トップダウンでやるしかない」という覚悟は必要かなと思います。リソースも予算も意思決定も、経営層がコミットしなければ、PoC止まりで終わってしまいます。
そして、最初は「全員が困っている業務」に絞って取り組むことをおすすめします。属人性が高く、時間がかかる業務から始めることで、最初の成功体験を積むことができます。
完璧を求めず、95%の精度でも業務改善できるという割り切りも大切です。人とAIの役割分担を明確にして、トータルの効率向上を目指していけば、必ず成果は出ると思います。
弘中: 貴重なお話をありがとうございました。LayerXの取り組みは、多くの企業にとって参考になると思います。
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