こうした順調な成果を背景に、同社のDX推進は次なる段階に入っている。人材育成や現場巻き込みの仕組みが確立された今、新たに浮上してきたのがIT投資の効率化という課題だ。これまでスピード重視でDXを進めてきた結果、運営コストの増大が課題となっており、投資効率の向上が急がれている。
コスト増大の背景には複合的要因がある。導入したさまざまなシステムの運営費用が増加していることに加え、インフレの進行がコスト押し上げ要因となっているのだ。さらに深刻なのが、為替の影響だ。同社が利用するクラウドサービスやソフトウェアの多くは海外企業製であるため、円安による影響を強く受けている。こうした状況下で、予算の効率的活用がより重要な経営課題となっている。
この課題への対応策として注力しているのが、アプリケーションポートフォリオマネジメントの確立だ。現在、グローバル全体でどのようなアプリケーションが稼働し、どれだけの運営費用がかかっているかを可視化する取り組みを進めている。「これまではスピード重視でDX施策の導入に注力してきました。今後は既存システムと新システムを合わせて最適化することで、戦略的投資により多くのリソースを振り向けたいと考えています」と上野氏は今後の方針を示した。
DX推進が進む中で注目されるのが、AIと人材の関係性だ。「AI活用により人の仕事が奪われるのではないか」という懸念に対し、上野氏は「人の仕事を再定義することが重要」との考えを示した。「事務作業や単純作業はAIに任せ、社員にはクリエイティブな業務により多くの時間をかけてもらいたいです」(上野氏)
一方で、最終的な意思決定における人の重要性も明確に認識している。「生成AIがいくら優秀といえども、最終的な意思決定は人が行う必要があります。仕事の内容を理解していない人には、適切な判断はできませんから」と上野氏は強調した。
第一三共の取り組みは、厳しい制約下でも全社変革が実現可能であることを示している。同社が成功した背景には、全社員対象の体系的人材育成、戦略と現場を融合させるマネジメント手法、持続可能なIT投資管理、そしてAIと人の協働による新たな働き方の実現があった。これらの取り組みは、業界を問わずDX推進に取り組む企業にとって実践的な示唆を提供する事例といえるだろう。
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