「買い物だけでは生き残れない」 足湯もオフィスも抱え込む、地方百貨店の生存戦略後編(1/2 ページ)

» 2025年09月30日 07時00分 公開

 閉店が相次ぐ地方都市の百貨店。一方で、現在もさまざまな経営努力を重ね、営業を続けている百貨店も各地に存在する。

 今回は前・中・後編3回にわたって、人口20万人以下の地方小都市(東京・埼玉・大阪・兵庫など大都市圏除く)に立地し現在も営業を続ける百貨店20店舗の特徴を調査し、それらの営業努力の様子を見ていく。

老舗でも閉店相次ぐ地方百貨店。小都市でも営業を続ける店舗にはどういった特徴があるのだろうか(2018年に閉店したヤマトヤシキ姫路本店、撮影:若杉優貴)

 ここまでは、地方の百貨店であっても「意外と新しい建物が多い」ことや「郊外に立地する店舗も少なくない」こと、さらに百貨店ならではの売り場を残しつつも不振と思われる売り場を縮小し、食品売場の一部をスーパーマーケット化したり、地域で唯一となる大手テナントの導入を積極的に行うなど「郊外型ショッピングセンターなどに対抗できるような売り場改革」を進めていることを明らかにした。

(前編:閉店が続く地方百貨店 それでも生き残る店舗の「意外な共通点」とは?

(中編:地方百貨店にイオン、無印、100円ショップ――“異色テナント”で生き残る現場の工夫

 こうした営業を続けている地方小都市の百貨店のほとんどが「買い物の場」だけではないさまざまな機能を備え、なかには大都市の百貨店では見られないような、モノを売るだけではない「体験型(コト消費)/時間消費型(トキ消費)」型のテナントを導入しているところも多い。

 後編では、地方中小都市の百貨店の「モノを売る」以外の機能に注目していこう。

表:対象とした百貨店20店舗と立地・建物の特徴(筆者作成)

著者紹介:若杉優貴(わかすぎ ゆうき)/都市商業研究所

都市商業ライター。大分県別府市出身。

熊本大学・広島大学大学院を経て、久留米大学大学院在籍時にまちづくり・商業研究団体「都市商業研究所」に参画。

大型店や商店街でのトレンドを中心に、台湾・アニメ・アイドルなど多様な分野での執筆を行いつつ2021年に博士学位取得。専攻は商業地理学、趣味は地方百貨店と商店街めぐり。

アイコンの似顔絵は歌手・アーティストの三原海さんに描いていただきました。


“名物グルメ”がデパートを救う

 百貨店における「コト消費/トキ消費」型テナントの代表格が「グルメ」(飲食店)であろう。

 早くも明治時代には呉服店の「デパート化」に伴って三越や白木屋(のち東急百貨店に合併)などが相次いで館内に食堂を導入。大正時代にはデパートのレストランが洋食の普及に大きく貢献することとなった。「お子様ランチ」も1930年日本橋三越本店の大食堂で生まれた「御子様洋食」を起源とする。

 地方小都市の百貨店といえども、こうした飲食店はほぼ全ての店舗が導入。もちろん、大都市圏でも人気のカフェチェーンなどを導入することで集客を図っているところも少なくないが、なかには百貨店の飲食店自体が地域の名物となっており、百貨店への観光客・帰省客の来店に貢献するような「貴重な広域集客施設」となっている例もある。

 例えば、鹿児島市の百貨店「山形屋天文館本店」では、同社子会社が運営する食堂で提供される「山形屋名物 焼きそば」が人気を集めており、今ではガイドブックにも掲載されるほどであるが、この「山形屋名物 焼きそば」は鹿児島県薩摩川内市の「川内山形屋」、霧島市の「きりしま国分山形屋」など小規模な支店でも提供。両店舗ともに駅に近いため、観光客や帰省客の利用もみられる。

 きりしま国分山形屋では2006年の新築増床時に桜島が見える大食堂を新設。また、川内山形屋では2019年の減築耐震化により大食堂がフロアごと消えたものの、4階に新たに窓を設ける形で大食堂を移設する力の入れようだ。

 また、青森県弘前市の「中三百貨店弘前店」の地階にあり、かつて中三子会社が運営していた(のちに独立)ラーメン店「中みそ」も40年以上前からある老舗で、近年は行列のできる人気店となっていた。

 館内ではお土産として中みそのインスタントラーメンも販売されており、弘前土産として購入する観光客も多かったという。なお、同店は2024年に閉店。「中みそ」は近隣にある商業施設「ヒロロ」(旧ダイエー弘前店)に移転し、営業を続けている。

「中三百貨店弘前店」(2024年閉店)にあったラーメン店「中みそ」は観光客が多く訪れ、百貨店内でさまざまな関連商品が展開されるほどの「名物店」だった。このように百貨店全体の集客にも寄与するような名物テナントを導入している店舗も多い(撮影:若杉優貴)

 さらに百貨店みずから「地元の名店を誘致」することで観光客の利用につなげているところもある。例えば、大分県別府市の「トキハ別府店」は、2019年に大分県内の有名グルメ店を集めた飲食街「湯けむり横丁」を新設。店舗によっては「本店に行くよりもトキハ内の支店のほうが混雑しない」とあって、多くの観光客が訪れる人気スポットとなっている。

 このように、いくつかの地方中小都市の百貨店は、飲食店街は一般売り場と肩を並べるほど「貴重な集客施設」の一つとなっているといえる。

足湯に劇場、子どもの遊び場も──「売らない戦略」で客層を広げる

 ここまで紹介したような「飲食店街」は大都市圏の百貨店でも多くみられるが、一方で大都市圏では見かけることがないような「コト消費/トキ消費」型テナントを導入している百貨店も複数存在する。

 例えば、鳥取市のJR鳥取駅前にある「丸由百貨店」は、2022年に「トットリプレイス」と題したフロアを開設。自治体と提携する形でシェアキッチン、チャレンジショップ、会議場、図書コーナー、子どもの遊び場などを開設。無料の展望休憩スペースも設け、駅前エリアに用事がある時にフラっと立ち寄ることができる「街なかのサードプレイス」としての役割を担っている。

 また、別府温泉の中心地にある「トキハ別府店」は、2019年に温泉地らしい大衆演劇に対応した劇場ホール「ぶらり劇場」を開設。大衆演劇には「おっかけ客」も多く、県外から訪れる客も少なくない。このほか、館内に「温泉の足湯」や別府温泉をテーマとした子ども向けの屋内遊園地も設け、こちらも観光客・地元民の双方の利用がみられる。

「トキハ別府店」7階にある大衆演劇に対応した劇場。県外からの来館者も多い(撮影:若杉優貴)

 また、もっと身近な「コト消費/トキ消費」テナントであり、ショッピングセンターでも定番となっているゲームセンターやガチャガチャ店(カプセルトイ店)、大型の子どもの遊び場を導入している店舗も多い。

 このようなゲームセンターやガチャガチャ店などを導入している店舗の多くは、前回触れたような大手雑貨店や100円ショップも出店しており、百貨店側の「若者・家族連れ世代を取り込みたい」という思いがうかがえる。

 また、大都市の百貨店でも時折、見ることができるようないわゆる「文化教室」をはじめとした習い事教室を入居させていたり、地域の文化活動・サークル活動の場となるコミュニティホールなどを設けている百貨店も多かった。

 このような地方小都市の百貨店にある大型の「コト消費/トキ消費」テナントは、少子高齢化により不振となった、子ども服をはじめとしたアパレルなどの直営売り場を閉鎖して設けたものがほとんどだ。フロアに大きな余裕があるからこそできる冒険だともいえるが、このように「売らない戦略」によって再び子どもの声が戻ってきたという百貨店も少なくない。

「トキハ別府店」4階に設けられた地域色豊かな屋内遊園地「別府こどもあそびめぐり」。バンダイナムコグループが運営しており、隣にはゲームセンターも併設する。トキハ別府店では直営の子ども服売り場が廃止されているものの、園内には子どもの声が響いていた
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