「富士通とNVIDIAが手を組む」。
10月3日、富士通と米NVIDIAは、生成AIをはじめとする先端AIの社会実装に向けて戦略的協業を拡大することを発表した。
日本ならではの産業・社会課題解決に資するAIインフラ共同開発に挑む動きは、大きな変革をもたらす起爆剤となるのか。
AI技術の進化と生成AIの普及が急速に進む中、日本企業企業の利用率は55.2%だった(令和7年版 情報通信白書より)。その一方で、中小企業やサービス業では導入の遅れや人材不足といった課題が浮き彫りになっている状況だ。
AIによる業務効率化や自律進化型システムへの期待が高まる中、導入コストやセキュリティ、業界間の「AI格差」への懸念も根強い。業界全体の新技術の本格的な社会実装と人材・制度面の整備が急がれる今、富士通とNVIDIAの協業には、国内外から注目が集まっている。
両社はこれまでスーパーコンピュータ「富岳」や次世代半導体分野での協業実績を積み重ねてきたが、今回の提携はAIインフラストラクチャーを「産業特化型フルスタック」で提供する点に大きな特徴がある。
富士通の時田隆仁社長は次のように語った。
「生成AIの進化により、これまで不可能だった予測やシミュレーションが現実のものとなりつつあります。しかし、労働人口の減少、エネルギー問題といった社会課題の解決には、さらに大規模で柔軟なAIインフラが必要です。NVIDIAと共に、その基盤を構築し、AI駆動社会の実現を加速していきます」
近年、ChatGPTをはじめとする生成AIの急速な普及により、製造業、金融、医療、物流などあらゆる分野でAIの導入が進んでいる。富士通はかねてより「ヒューマンセントリック」な価値創出を掲げ、社会課題解決に直結するデジタルサービスの提供に注力してきた。一方のNVIDIAは、GPUによるディープラーニング計算基盤で世界をリードしており、生成AIモデルの開発に不可欠な存在だ。
両社の強みを融合することで、AIの研究開発段階を超え、実社会での実装・普及を加速する狙いがある。特に日本社会が直面する「労働人口減少」「エネルギー効率化」といった構造的課題の解決が期待される。
今回の協業は大きく以下の3分野に整理される。
富士通の「Kozuchi」プラットフォームを基盤とし、NVIDIAのCUDA、NeMo、Neural Modulesなどを組み合わせることで、産業ごとに特化したAIエージェントを開発・運用できる環境を提供する。これにより、医療用診断AIや製造業向けロボット制御AIなどが迅速に導入可能となる。
富士通が開発中の「MONAKA」CPUとNVIDIAの最新GPUをNVLink-Fusionで連携させ、シリコンレベルから共同で最適なインフラを開発。ゼタスケールの演算性能を実現する高速AIコンピューティング基盤を共同開発し、産業導入を可能とするプラットフォーム実現を目指す。
あわせて、ハードウェアの性能強化だけでなく、NVIDIAがHPCで培ったArm向け高速ソフトウェア技術と、「NVIDIA CUDA」を統合したソフトウェアも提供。ワンストップでAIの変革を支えるHPC-AIエコシステムを提供し、世界トップクラスの演算性能を備えたAIスーパーコンピューティング基盤を構築する。これは理化学研究所と進める「富岳ネクスト」プロジェクトにも直結する技術だ。
両社はパートナープログラムを通じて、パートナーエコシステムを構築し、AIインフラストラクチャを通してAIエージェントやAIモデルの活用の拡大を支援。また、さらなるエコシステムの拡大を加速させるため、共同でパートナープログラム提供などの活動に取り組み、産業界・学術界・公共機関を巻き込んだAI実装エコシステムを形成。第1フェーズではロボティクス分野から着手し、介護支援や製造現場の自動化など、社会課題解決型のユースケースを開発する。
時田氏が「両社の最先端技術を掛け合わせて、世界において日本が強みを持つ産業を皮切りにフルスタックのAIインフラストラクチャを開発・提供し、クロスインダストリーに拡大させ、グローバルに展開していく」と語るように、富士通は、協業を通じてこれまでにない新たなテクノロジーを創出し、より深刻な社会課題解決への貢献を目指すとしている。
富士通CTOのビベック・マハジャン氏は「ソブリンAI」の重要性を強調した。これは国家や産業が主権を持って管理できるAIインフラを意味する。セキュリティや柔軟性を担保しつつ、エッジやプライベート環境での利用を可能にする点が特徴だ。
「ヘルスケア、防衛、金融など機密性の高い産業においては、ソブリン性を持つAI基盤が不可欠です。富士通はこの分野で高い付加価値を提供できると考えています」
同氏はさらに、AIが真価を発揮するためには「AIプラットフォーム」「高性能コンピューティング」「高速ネットワーク」の三位一体が必要だとし、日本のロボティクス産業の安川電機と連携し、技術とプラットフォームを提供していくと語った。
NVIDIAのジェンスン・ファンCEOは、「私たちは、新たな産業時代を今、迎えようとしています」と語り、AIが最強の技術であり、不可欠なインフラとなること示唆した。また、協業の持つ意味を「日本をAI時代へと導く新たなステージの幕開け」とも強調。
今回の富士通との協業もそうであるが、ファン氏は日本が長年重要なパートナーであることにも言及した。背景には、SEGAがNVIDIAの初期の投資家であり、ソニーのPlayStation 3を通じてNVIDIAの名が世界に広がったことがある。任天堂のNintendo Switch、Nintendo Switch 2の開発でも、NVIDIAにとって歴史的な協力関係があった。
ファン氏は、「AIは電気やインターネットと同様、今後の社会基盤を支えるインフラとなる。日本の強みである高度人材、製造業の底力、そして革新の精神とともに、世界をリードするAI国家を目指す」と語った。
GPUコンピューティングを軸としたNVIDIAの技術と、富士通が持つ産業界への浸透力・信頼性を「最強の組み合わせ」と表現。「データとエネルギーを知能へと変える日本発のAIインフラを創り出す」と述べ、日本市場を最重要拠点の一つと位置づけた。
「AI産業革命はすでに始まっています。日本、そして世界中でその原動力となるインフラの構築は欠かせません。富士通はコンピューティング分野の真の先駆者であり、日本においてスーパーコンピューティング、量子研究、エンタープライズシステムで高く信頼されたリーダーです。NVIDIAと富士通は、AI時代に向けた強固なパートナーシップを築き、両社のエコシステムを連携し、さらに発展していきます」
協業は既存の半導体・GPU領域にとどまらない。富士通は2026年までに100量子ビットの量子コンピュータ開発を目指しており、将来的にはAIと量子計算を融合させた「量子機械学習」分野での連携も想定されている。これは気候変動シミュレーションや新薬開発など、超高難度の計算課題に大きなインパクトを与えると期待される。
今回の協業がもたらす意義は、日本が「AI駆動社会」の先導者となり得る点にある。富士通は国内最大規模のIT企業として11万人超の人材と幅広い専門性を有しており、NVIDIAのグローバルな技術リーダーシップと組み合わせることで、日本発のAIインフラを世界に展開できる可能性がある。
富士通とNVIDIAの協業は、単なる技術提携にとどまらず、「社会変革インフラ」の構築という壮大なビジョンを掲げている。生成AIの実装、産業横断のエコシステム、量子計算の融合といった多層的な取り組みは、日本社会の課題解決に直結するだけでなく、世界的なAI産業の行方を左右する可能性を秘めている。
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