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財布もスマホも不要、「指先で決済」 日立×東武が描く“ポスト・キャッシュレス”社会とは?転売防止も可能

» 2025年10月29日 08時00分 公開
[河嶌太郎ITmedia]

 日立製作所と東武鉄道が共同開発した生体認証サービス「SAKULaLa」(サクララ)。利用者の指静脈や顔といった生体情報をユーザーのアイデンティティ情報とひもづけられるプラットフォームだ。一度登録すれば、指をかざすだけでクレジットカード決済やポイント利用・加算、さらには年齢確認まで完了できる。

 東武グループを中心に2024年4月から導入が始まっており、スーパーやホテルに加え、鉄道やレジャー施設といった多様な日常・非日常シーンへの展開を想定し、生活インフラとしての普及を目指している。2025年4月には上新電機(ジョーシン)での導入も始まり、2026年度中にファミリーマートでも導入予定だ。

 今後は日立や東武鉄道などのグループ外企業への展開も本格化させることで、社会インフラとしての定着を目指す。

 SAKULaLa普及の課題は何か。今後どのような形で展開していくのか。日立製作所デジタルアイデンティティ本部の石川学主任技師と、東武鉄道経営企画本部の金子悟課長に聞いた。

金子悟(かねこ・さとる)2002年に東武鉄道に入社。鉄道部門、人事部門を経て、2018年4月より経営企画本部に所属し、経営計画、DX推進、新規事業などの業務を担当している。DXの業務では、グループポイント再構築やMaaSなどに携わり、グループ内の顧客データのID統合を進めている。2022年より、日立製作所とともにSAKULaLaプロジェクトを推進中
石川学(いしかわ・まなぶ)1996年に日立製作所入社。2002年より、セキュリティ関連システムのSEとして、ICカード(社員証、学生証)、PCログイン、入退管理など認証に関わるシステムを担当する。その後、2011年より認証技術の延長で生体認証の領域に進み、2022年からSAKULaLaプロジェクト参画し現在に至る。SAKULaLaでは、生体認証を入口として厳格な個人認証後に、利用者のアイデンティティ情報を活用したビジネスを検討するとともに、その各種情報をセキュアに利用・管理するシステムの開発に従事

生体情報にひもづけ 転売対策にも有効

――「SAKULaLa」とはどういったサービスなのでしょうか。

石川: SAKULaLaは、デジタル空間の中にある住所や年齢、クレジットカード情報、ポイントカード情報など、さまざまな情報を一括して管理できる仕組みです。情報は利用者の同意に基づき、必要なシーンでのみ生体認証によって本人確認をし、開示します。

 例えば、現在利用が始まっている東武ストアでは、利用者が専用装置に指をかざすことで、年齢やポイント会員情報、登録済みのクレジットカード情報をPOSシステムに渡します。名前のような必要のない情報はシステムに渡さず、店ごとに「どの情報を開示するか」を選べるようになっています。

 この仕組みによって、東武ストアでは、指をかざすだけで決済が可能になります。クレジットカードは最大6枚まで登録可能で、利用者はその中から選んで支払いができます。東武グループのポイントについても生体情報とひもづいており、カードを提示しなくても自動的に付与や利用が可能です。年齢確認も自動で実行できるため、セルフレジでの酒類購入時に、従業員が確認ボタンを押す必要がありません。利用者が20歳以上であることがシステムで判定されれば、そのまま購入できる仕組みになっています。

――このシステムは転売対策にも有用だと聞きましたが、どのような仕組みなのですか。

石川: 現在はJoshin(ジョーシン)でも導入を進めています。例えば新しいゲーム機が発売された際にSAKULaLaを利用すると、同じ人が複数回購入しようとしても、生体認証によって確実に本人特定ができるため、人気商品の転売を防ぐ仕組みが実現できます。

家電量販店Joshinにおいて、指をかざすだけで安心・安全かつ手軽なポイント獲得と、厳格な本人確認を実現(以下プレスリリースより)

顧客体験が第一 快適な買い物環境を実現

――SAKULaLaは東武ストアで実際に導入が始まっています。導入することのメリットについてどのようにお考えですか。

金子: やはり一番の優先事項は、利用者の体験価値をどう高めるかという点です。データを蓄積していけば、顧客にさらに良い体験を還元することは可能だと思います。しかしながら、「データ活用ありき」ではなく、あくまで来店者が快適に買い物できる環境を整えることに重きを置いています。 

 店舗側にもメリットがあります。例えば、現在セルフレジには必ずスタッフが張り付いていなければならない状況があります。特にお酒の購入時など、年齢確認のために店員が都度対応しないといけません。これが不要になるだけでも、店舗の人員を他の作業に振り分けられ、効率的になります。

――コスト削減につながる部分ですね。

金子: そうです。さらに利用が広がれば、レジの回転率も上がります。レジの待ち行列が減れば、レジ台数を従来ほど多く設置する必要がなくなる。1台減らすだけでも設備投資や保守コストの削減につながります。

――利用者にとって、便利さの実感はあるのでしょうか。

金子: 利用者からは「手ぶらで買い物ができてとても便利だ」という声をいただいています。特に大きなメリットは、忘れ物がなくなる点です。高齢の方に限らず、誰でも財布やクレジットカードを忘れたり、置き忘れたりするリスクがあります。しかしこの仕組みでは、生体認証にひもづけられた決済なので、その心配がなく、安心して買い物ができます。

――現在は東武ストア以外にも、ホテルなどで導入が進んでいるとのことです。全体としてどのくらい広がっているのですか。

金子: まだこれからの段階です。現在はスポット的に東武ストアや一部のホテルで導入しています。さらに今後はフィットネス施設「東武スポーツクラブ」でも導入を計画しており、準備を進めているところです。

指をかざすだけのストレスフリーなホテルのチェックイン・決済を東武ホテルに導入
「SAKULaLa」チェックインの利用方法

2026年度にファミマで展開へ

――東武ストアでは今、何店舗でSAKULaLaを導入しているのでしょうか。

金子: 現在は6店舗です。もともと東武ストア全体では約60店舗ありますが、SAKULaLaはフルセルフレジを導入するタイミングで展開しています。有人レジからフルセルフレジに切り替える際には大規模な改装が必要になるため、この1年半で改装を実施した6店舗に導入している形です。

――つまり、将来的には全店への展開を目指しているということですね。

金子: はい。当然、将来的には全店舗に導入していきたいと考えています。

――他にもセルフレジの仕組みはあると思います。その中でSAKULaLaを導入する決め手は何だったのでしょうか。

金子: スーパーの現場から見ますと、やはり根本的には労働力不足という課題があります。ただセルフレジを導入するだけでは、結局は有人対応が必要になってしまいます。一方SAKULaLaを使えば、ゆくゆくは全ての利用者が手をかざして買い物が完結できるようになり、店員がレジに駆けつける必要がなくなります。私たちは、その未来像を見据えて、この仕組みを導入することを決めました。

――スーパーやホテルなど、さまざまな業態がありますが、やはり日常的に使う場としてはスーパーマーケットが中心になるかと思います。今後の広げ方や可能性について、どのように考えていますか。

石川: 一度SAKULaLaに登録すれば、その情報は他の加盟店でも利用者の生体認証による同意の上でそのまま利用できます。ユーザーは駅や店舗など、どこかで一度登録していただければどこの加盟店でも利用できる仕組みです。今は東武ストアに限らず、さまざまなスーパーや事業者の方々から問い合わせをいただいています。

 私たちとしても積極的に提案活動を展開しており、東武グループ以外にも広げていきたいと考えています。具体的には、ファミリーマートさんでも来年度から展開を予定しており、今準備を進めています。

――ファミリーマートでの実装は、どのように予定していますか。

石川: 現時点で 2026年度の展開計画を公表しています。ですので、コンビニに広がれば一気に利用が拡大すると考えています。例えば財布を忘れてしまった場合でも、手ぶらで決済を完結できる未来が実現します。

最大の課題は本人確認 登録手続きの簡素化が鍵

――一方で、広げる上での課題についてはいかがでしょうか。改良の余地やネックになっている点はありますか。

石川: 現状、大きな課題は登録時の本人確認の対応です。生体情報に基づく仕組みなので、正しく本人を確認して登録いただくことが必要になります。例えば「右手はAさん、左手はBさん」のように1人で複数アカウントをつくるといったことが起こらないように、きちんと本人確認をしています。

 現在は登録時に店舗や所定の場所に来場し、専用装置に指をかざすと同時に、運転免許証やマイナンバーカードを提示いただき、対面で確認する形をとっています。しかしこれでは利用者にとって手間がかかりますので、今後はスマートフォンを用いたeKYC(電子本人確認)の導入を進めたいと考えています。マイナンバーカードや運転免許証をスマホで読み取り、顔写真撮影と組み合わせることで、自宅などから登録が完結できる仕組みを開発中です。

金子: SAKULaLaでは顔認証と指静脈認証という2種類の生体認証方式を用意しています。顔認証の場合は、電子本人確認によってスマホだけで完結できる仕組みが可能です。しかし、指静脈の場合はどうしても専用装置で撮影が必要になりますので、利用者は来店して登録する必要があります。そこが現状の課題の一つです。障壁とまではいかないにしても、ひと手間かかる部分として認識しています。

――東京スカイツリー(東京都墨田区)でも導入が進んでいるようですね。

金子: はい。東京スカイツリーの5階にあるオフィシャルショップで導入しています。ここはいわゆるお土産店なのですが、SAKULaLa対応端末を設置しており、観光客の方にも体験いただける取り組みを進めています。

自社完結ではない、社会インフラとしての展開

――SAKULaLaの競合についてどう見ていますか。GAFAやNECといった有力企業も生体認証に取り組んでいます。

石川: リテール企業だけでも、複数の企業が「生体認証だけで買い物ができる」という取り組みを発表しています。ただし、それは自社のグループ内に閉じた仕組みで、店舗で登録すれば系列の店舗でのみ利用できるものです。自社内で完結するので、もちろん便利ではありますが、私たちが目指すSAKULaLaの方向性とは異なります。

 私たちは、スーパーに限らず、鉄道、ホテル、レジャー施設など、さまざまな利用シーンにおいて、一度登録すればどこでも使えるインフラ的な存在を目指しています。そうした広がりを実現するために、東武グループの幅広い事業領域と協業できていることは大きな強みだと考えています。鉄道だけでなく、スーパー、ホテル、アミューズメント施設などを手掛けているので、最初のユースケースを幅広く作れる点が競合との差別化につながっていると思います。

金子: 生体認証サービス自体は、例えば万博会場なら「万博で利用する」という枠にとどまるものが多いですよね。われわれはそうではなく、東武ストアのためだけに登録するのではありません。

 最初に東武ストアで登録した利用者が、大阪のJoshinで買い物する際、もう一度生体情報を登録をしなくても指をかざすだけでポイントが付与され、買い物ができます。逆に、大阪で登録した利用者が東京のスカイツリーに旅行で訪れた際、オフィシャルショップで同じように指をかざして決済ができる。まさに地域や業種をまたいで使えるのが、SAKULaLaの強みなのです。

 このサービスでは「本人確認」「ポイント付与」「決済」をワンストップで同時に実現できるところも大きな特徴です。他のサービスにはなかなか見られない要素だと思います。

実証効果を示し、外部企業への普及拡大を目指す

――東武グループはユーザー企業であると同時に、このプラットフォームを共に開発していますね。

金子: そうです。私たちはユーザーでもあり、プラットフォームを共同でつくっているパートナー企業でもあります。自社の利用だけを目的にしているわけではなく、むしろグループ内での展開は最初のユースケースにすぎません。

石川: ですので、一緒にパートナーとして進める位置づけになります。

――鉄道会社として多方面にサービスを広げています。

金子: 当社は鉄道だけでなく、日常・非日常にかかわるサービスを幅広く持っています。例えば、東武動物公園やレジャー施設、ホテル、スカイツリーなどの観光資源もあり、スーパーや駅ビルという日常の買い物シーンも持っています。

 ですので、生活のあらゆる場面をカバーできる鉄道会社であると思います。そうした幅広い事業領域でまずはユースケースをしっかり実証し、得られた定量的な成果を今後、新しく導入を検討する企業に示していきたい。そして、このSAKULaLaをより多くの企業と人々に使っていただけるきっかけを創出したいと考えています。

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