「日本の上場SaaS企業は、既存の製品にAIをとりあえず足しただけ。スタートアップのエコシステム上は、すでにSaaSからAIへのシフトが起きている」。PeopleXの橘氏は、パネルディスカッションで警告した。
「実際資金調達でも、単純なSaaSだと、もう調達できない」。米国では、ソフトウェア系スタートアップの95%以上がAI関連になっているという。この波は確実に押し寄せている。「AIネイティブのスタートアップたちがグイグイ来て、既存のSaaS企業が食われる側にいる」(PeopleX 橘氏)
既存のSaaS企業に勝ち目はないのか。ゼロボードの渡慶次氏は、反撃戦略を示した。「バリューデリバリーモデル」である。
SaaS単体でプロダクトを提供するのではなく、BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)やFDE(フロント・デプロイド・エンジニア:顧客企業に常駐するエンジニア)といった形で、顧客企業に深く入り込む。業務プロセスそのものを請け負う。狙いは「非公開データの収集」である。
「インターネット上にあるデータは、AIにいくらでも食べられてしまう。そこから出てくるインサイトには、あまり価値がない」。渡慶次氏は、公開データに依存するAI機能の限界を指摘する。
ゼロボードが狙うのは、サプライチェーン上の非公開企業のデータだ。「お客さんも持ってないような、なおかつインターネット上でも取れないようなデータから、どうインサイトを出すか」。そのために、SaaSを「データを集める機能」として位置付け、BPOやエンジニア派遣を通じて顧客に深く入り込み、データを収集する。
そして、そのデータをAIに学習させ、顧客の経営判断に資するインサイトを提供する。現在、ゼロボードの収益構成はSaaSが80%、コンサルティングが20%となっている。
「データが誰のものかという話を解決しないと、このインサイトを出すというプロダクトを大々的に打ち出せない」。渡慶次氏は課題も認める。
コンサルティングファームであれば、顧客データを使ってインサイトを他社に提供することに理解が得られる。テック企業が同じことをすると「うちのデータを使うな」と反発される。この壁を越えられるかが、勝負の分かれ目だ。
HacobuのM崎氏も、同様の挑戦を進めている。同社が2024年8月に開始した「物流ビッグデータラボ」は、アスクル、キリン、スギ薬局、日本製紙、YKK APという異業種5社のデータを分析し、共同配送の可能性を探る実証実験だ。
「41.3%という幅広い路線で、これまで見えてこなかったような共同配送の可能性があることが見えてきた」。慢性的な労働力不足の緩和、CO2排出量の削減も見込む。
「月額いくらで収益をいただくというのとは、ちょっとまた違った世界が見えてくる」。M崎氏はこう語る。課題もある。
「ネットワークの最適化となると、一社のものではない。何をKPIとして価値を測っていくのか、もたらしたメリットをどうやって複数の会社に理解してもらってマネタイズにつなげていくか」(Hacobu M崎氏)
「SaaSは死んでいない。技術が変われば、それに合わせて変化しなければならないというだけだ」。Zuora ツォ氏は、「SaaS is Dead」論に対して反論した。
ツォ氏が引き合いに出したのは、1984年のIBM PC導入の歴史だ。1992年までに世界中の企業が全従業員の机にPCを配備したが、生産性の向上を測定できた企業は一つもなかった。1990年代になって業務プロセスそのものを再設計し、初めて効果が現れた。
「ある作業が2時間から10分になっても、その2時間が5日間のプロセスに分散していたなら、プロセス全体を変えなければ意味がない」。ツォ氏は、タスクの効率化ではなく、アウトプットそのものの変革が重要だと説く。「プロセスを変えられると気づいた企業だけが、AIの価値を生かせる」
ツォ氏が指摘したもう一つの思い込みが「価格変更は難しい」という固定観念だ。「契約更新のタイミングがあり、特にSaaSの場合、その機会は常にある」。Zuora自身、創業以来、年に1回以上の頻度で価格を変更してきた。
AIネイティブ企業は変化が容易だが、既存企業にも道はある。「変革への意志を組織に呼び込めるかどうかだ」。既存顧客との関係、蓄積されたデータ、業界知識といったエンタープライズ資産は、AIネイティブ企業が簡単には手に入れられない。
「価値を創造できれば、マネタイズの方法はいくらでもある。もし顧客が支払いを渋るなら、それは価格の問題ではなく、価値の問題かもしれない」。ツォ氏はこう締めくくった。
試行錯誤は続く。AI時代の収益化に、まだ確立された正解はない。
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