地方発、わずか40分の短編映画が話題を呼んでいる。全編大分市でロケを敢行した平川雄一朗監督『デイズ〜かけがえのない日々〜』だ。5月に構想が始まり、7月には同市で出演者のオーディションを実施。8月に5日間で撮影して、9月末には公開にこぎつけた。
市内の公共施設などで20回以上上映したほか、11月から1週間、別府市の映画館で上映した。11月28日には地元放送局のテレビ大分で地上波放送も実現。12月5日からは東京・池袋のシネマ・ロサでも1週間限定で上映されるなど、地方発の映画としては異例の広がりを見せている。
大分市が提示できた予算は、映画を製作するには十分とはいえなかった。それでも平川氏はプロジェクトの「求心力」と「本気度」を示すため、俳優の市原隼人氏に主演をオファーした。
その後スポンサー集めに奔走した結果、東京の企業からも協賛を獲得。最終的に、「地上波ドラマ1話の5分の1」「同尺の短編映画の10分の1」という低予算ながら、映画を完成させた。
このプロジェクトは、予算の制約下でいかに「地域内リソースの最大活用」と「タレントの求心力」をテコにするかが鍵だった。事業を成功に導いた設計図を、大分市と平川氏、市原氏への取材からひも解く。
「2024年11月に大分市魅力発信アンバサダーに就任したことで、大分市から映画製作の話をいただきました。故郷を舞台にした映画を作る構想は20年くらい前から持っていたものの、実際に市が出せる予算は限られています。当初の予算は製作費としては十分なものではなく、実現には困難を伴うと予想していました」
映画を製作したきっかけを話すのは、演出家・映画監督の平川氏。これまで『JIN』『ROOKIES』『PJ〜航空救難団〜』『約束のネバーランド』など、ドラマや映画の話題作を多数手掛けてきた。
平川氏は、市から映画製作の打診を受けたものの、実現するには地域住民や協賛企業を巻き込む「強力な動機付け」が不可欠だと考えていた。そこでプロジェクトの本気度を担保できる俳優にオファーすることに。
「市民や地元企業など大分市の機運を高めるためには、やはり一流の俳優を呼びたいと考えて、以前からお仕事でご一緒していた市原さんにオファーしました」
ただ、市原氏にオファーした6月の時点では、何の準備もできていなかったという。
「オファーした時点では、まだ脚本もできていませんでしたよ。市原さんを口説くためのプロットを急いで書いただけだったんです(笑)」
市原市はオファーを快諾した理由について「平川監督の構想に、感銘を受けたから」だと明かした。
「平川監督からは、キャリアを重ねる中で故郷の方々のために活動することが夢になったと聞きました。厳しい条件の中でも、何とか突破口を開こうとする平川監督の情熱に惹かれて、ぜひやらせてくださいと応えました」
平川氏は、自身のキャリアと故郷へのコミットメントを「プロジェクトの信用力」として提示することで、市原氏からの承諾を得た。ここから一気に事業は進んでいく。
主演に市原氏、メインキャストには大分出身の財前直見氏が決定した。他のキャストはオーディションによって大分市民を中心に選定することにした。これも低予算が故の戦略だ。市民をキャストに採用したことで、旅費や宿泊費などの間接費を大幅に圧縮できた。予算の制約下でリソースを最適化する戦略的な手法といえる。
反響は大きかった。7月上旬にオーディションをして、8月中旬には撮影に入る時間のないスケジュールだったにもかかわらず、700人以上の応募があったのだ。これには平川氏も驚いたという。
一流俳優のキャスティングが、地域住民と企業を「共同推進者」として動員する呼び水として機能し、オーディションへの応募や協賛獲得への機運が飛躍的に向上したというわけだ。
平川氏は脚本を書きながら、書類選考を通過した300人以上を1日で面接。そこから演技指導に入った。オーディションの手伝いや撮影許可の手続き、広報は、大分市の映画、テレビ、CMなどの撮影を支援する団体である大分市ロケーションオフィス(大分市)に協力してもらった。
撮影も地元の制作会社に依頼。メインキャスト以外のほぼ全てのスタッフを地元の関係者で賄った。これにより、東京からの移動・宿泊費などの莫大な費用を削減。低予算という制約を、地域内のリソースを最大限に活用することで、プロジェクト資金の「地産地消」を図るマネジメント戦略に転換したのだ。
市原氏や財前氏をキャスティングし、地元でオーディションを実施したことによって、大分での話題性が高まった。結果的に、地元企業に加えて、東京の企業からも協賛金を集められたという。
映画の完成後、市原氏と平川氏の舞台挨拶を実施した上映会には、2000人以上の応募が殺到した。当日は抽選で選ばれた1200人が鑑賞。市原氏のブランド力が、イベント集客という経済的な成果として地域に還元された形だ。市原氏は、このプロジェクトの価値をこう定義する。
「この映画の価値は、何もないところからでも、何かを生み出せることを示したことです。平川監督ひとりの推進力で、これだけのものづくりができました。ものづくりにはどうしてもお金がかかりますし、ビジネスもきちんとしなければなりません。今回は作品はもちろん、そのプロセスにも価値を見いだせたと思っています」
作中には大分市内の観光名所や、自然豊かな景色を登場させた。大分市はロケ地を“聖地巡礼”できるマップを映画のWebサイト上やパンフレットで用意。平川氏は「大分市をPRするという目的も明確でした。その条件をうまく使って良い映画を作りたいと考えていました」と振り返る。
低予算という制約は、リソースを最大限に絞り込み、地域との連携を深めるという戦略的思考を促した。これは、地域のコンテンツビジネスにおける新たな事業推進のノウハウを示したといえる。
監督、脚本、プロデューサーから実際のスポンサー集めまでをこなし、短期間でクオリティの高い短編映画を完成させた平川氏のマネジメントは、地域創生における事業成功の設計図の一例を提示したと言えるだろう。
田中圭太郎(たなか けいたろう)
1973年生まれ。早稲田大学第一文学部東洋哲学専修卒。大分放送を経て2016年4月からフリーランス。雑誌・webで大学問題、教育、環境、労働、経済、メディア、パラリンピック、大相撲など幅広いテーマで執筆。著書に『パラリンピックと日本 知られざる60年史』(集英社)、『ルポ 大学崩壊』(ちくま新書・筑摩書房)。HPはhttp://tanakakeitaro.link/
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