2024年に大きな話題作となったドラマが『地面師たち』だ。Netflix製作で独占配信したところ、作品の完成度の高さと、登場人物のキャラクター性がSNSで話題となった。
俳優のピエール瀧が演じる後藤義雄のせりふ「もうええでしょう」は、2024年のユーキャン新語・流行語大賞のトップテンにも選出。2025年3月には、デジタルメディア協会が主催する第30回AMDアワードで「AMD 理事長賞」を受賞した。
海外での人気も際だった。『地面師たち』は2024年7月の配信開始から、「Netflix日本の週間TV番組TOP10」で5週連続トップに。グローバルでも15の国・地域でトップ10入りを果たしている。
なぜ、『地面師たち』はここまでの社会現象となったのか。海外でもヒットした理由は。Netflixで『地面師たち』を担当した髙橋信一プロデューサーに聞いた。
――『地面師たち』には国内外のさまざまな層から反響がありました。その理由について、プロデューサーとしてどのように分析していますか。
一部の視聴者からは、Netflixの映像制作はコンプライアンスの面で地上波や劇場映画よりも自由度が高く、他のメディアでは扱えない題材や表現ができる点が『地面師たち』の特徴だと評価されているのを目にしました。それは半分正しいとも言えますが、私たちのポリシーとは少し違う部分もあります。
コンプライアンスの許容範囲が広いかどうかよりも、まず作品として面白いかどうかを最優先に考えているのが、私たちの判断基準です。これは『地面師たち』に限らず、全ての映像企画に共通するポイントです。
今回の『地面師たち』について言えば、確かに他のメディアではなかなかできない表現が含まれていたのは事実です。しかし、やはり先が全く読めない物語の展開や、予想を裏切るストーリーに、視聴者が大いに歓喜したのだと強く感じています。
また、意図していたわけではないのですが、劇中のキャラクターたちがネット上でミーム化したり、せりふが話題になったりしたことも大きな反響の一因だと思います。キャラクターが愛されたことは、この作品の大きな特徴です。物語もキャラクターも、視聴者に強く刺さったのだと感じています。
――原作小説を読んだ時「これはヒットする」という予感はありましたか。
実は大根仁監督から『地面師たち』の企画を提案される前から、趣味として私自身も原作を読んでいました。小説自体は本当に面白かったのですが、その面白さと映像化したときの面白さは必ずしもイコールではなく、地面師という題材は、初期の段階では映像化に向いていないと思っていました。ですので、大根監督から企画の提案をいただいた際にも、正直に「難しいのではないか」とお伝えしました。
しかし大根監督は、私の懸念点を理解したうえで、「まずは1〜2話だけでも脚本を書かせてほしい」と提案してきました。私自身も大根監督と長く仕事をしたい思いがありましたから、今回仮にうまくいかなくても次につながればいいという気持ちで脚本を書いていただきました。
すると、その脚本が本当に面白かったんです。私の懸念点を全て払拭していましたし、監督自身が書いているからこそ「こういう演出をしたいんだろうな」「こういう場面で役者にこう演じてほしいんだろうな」と、映像のイメージがどんどん浮かんでくる脚本でした。
もちろん脚本が全てではありませんが、今回に関しては大根監督のビジョンが非常に明確に伝わってきて、これは視聴者に今までにない興奮を提供できるのではないかと、読んだ段階で強く感じました。脚本を読み進める手が止まらない、ページをめくるごとに次が気になるという体験は、私自身も非常に貴重なものでした。
――最初に小説を読んだ際、映像化が難しいと感じた部分はどのような点だったのでしょうか。
一番大きかったのは、会話劇になるだろうという予感があったことです。『地面師たち』の魅力の一つは、交渉の場面における緊張感や、ひりつくような駆け引きにあります。しかし、これを映像として表現する際、例えば10分、15分と会話だけが続くシーンを視聴者に見せるのは、普通であればなかなか難しい。視聴者の集中力が持たなくなってしまうのではないかという懸念がありました。
また、原作にも描かれているように、交渉のテーブルに着くまでの駆け引きや準備の過程も、ドラマシリーズとして展開する際に、どこかで間延びしてしまうのではないかという不安があったんです。そうした部分をどう演出するかは、大根監督の手腕にかかっていましたが、私自身はそこが映像化における最大の難所だと感じていました。
ですが、実際に大根監督が脚本を書き、演出をしていく中で、テーブルに着く前までの伏線の張り巡らせ方や、満を持して交渉の場に臨むキャラクターたちの駆け引きの緊張感に加えて、「騙せるのか、騙されるのか」というスリリングな感覚を非常に巧みに表現していました。私の懸念を大きく飛び越えて、クリエイターの力によって作品が昇華されていくのを目の当たりにできたことは、本当にうれしい驚きでした。
――監督の強いビジョンがある中で、髙橋プロデューサーご自身はどのような点に気をつけてプロデュースを進めていかれたのでしょうか。
作品によっては、私たちプロデュース側が企画や脚本開発の段階から深く関わることもあります。しかし『地面師たち』に関しては、大根監督のやりたいビジョンがしっかりと形になっていたので、それをより最適な形に整えていく、いわば調整役のような立場がメインでした。
そういった意味では、私自身もある種、楽をさせてもらいながら、脚本が進むごとに「これは今までに見たことのないものが生まれそうだ」という期待感がどんどん積み重なっていきました。
大根監督は自分で脚本も書きますし、演出も担当する非常にビジョンがはっきりした方です。同時に、勉強熱心な方でもあって、Netflixという新しいメディアについても、地上波テレビや劇場映画とは異なる「第3のメディア」としての特性を非常によく研究していました。
私の役割としては、そうした大根監督のビジョンがNetflixというメディアでどのように受け止められるのか、視聴者がどのように楽しんでくださるのかを常に意識しながら、ナビゲートするような形でプロデュースを進めていきました。
――テレビや映画とは異なるNetflixならではの「ナビゲート」とは、具体的にどのようなことを指すのでしょうか。
まず大前提として、どのメディアが最適解かという優劣はありません。その上で、Netflixの最大の特性の一つは、視聴者が自分の好きなタイミングで、好きな環境で作品を楽しめる点です。同時に、見たくなくなればいつでもやめられるメディアでもあります。ですから、視聴者が抱く「次が気になって仕方がない」という感覚をいかに作品の中に込められるかが非常に重要だと考えています。
そのために『地面師たち』は一挙配信という形をとりました。そこで視聴者が「一気見してしまった」と感じる熱量が、やがて口コミとなって広がっていくことを期待しています。私たちは作品作りや宣伝において独自のアプローチをしていますが、やはり作品の魅力が最も伝わるのは観客の口コミだと思っています。その口コミを生み出すためにも、作品の中にどれだけ熱量を込められるかが一番重要なポイントです。
その熱量があればこそ、「明日でいいや」と思っていた視聴者も「もう少しだけ見よう」となり、時には睡眠不足になってまで見続けてしまう。そんな原動力につながると思っています。
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