CxO Insights

AI動画が「1分の壁」を超えた 中国AI企業が“日本のアニメ・映像産業”を狙うワケ市場規模は4.5兆円へ

» 2025年12月18日 08時00分 公開
[篠原成己ITmedia]

 生成AIによる動画技術が急速に進化し、映像制作のワークフローに大きな変化をもたらしている。テキスト入力から、物理法則を反映した自然な映像を生成する技術が向上。従来の映像制作で課題となっていた時間やコストの負担を軽減する動きが広がっている。

 こうした中、AI動画生成の市場は2024年から2033年にかけて年平均成長率20%以上で拡大。2033年には299億ドル(約4兆6584億円)規模に達すると見込まれている(出典:AI Video Generator Market Size, Share, Growth Analysis: By Component)。

 2024年12月には、カンヌ生涯功労賞受賞の賈樟柯(ジャ・ジャンクー)氏や、『グリーン・デスティニー』でアカデミー賞美術監督賞を受賞した葉錦添(ティム・イップ)氏ら9人の映画監督がコラボし、AI生成による短編映画9本を共同制作した。AIと人間の共同制作による可能性を探る動きは、動画生成AI分野での競争を加速させている。

 この市場で存在感を高めているのが、中国の大手テクノロジー企業Kuaishou(快手)が開発した動画生成AI「Kling AI」だ。同社は10月、東京でクリエイター向けイベントを開催。映像市場でのビジネス拡大を目指して東京国際映画祭(TIFFCOM)にも初参加するなど、日本市場での活動を活発化させている。

 Kling AIオペレーション責任者の曾雨珅(Zeng Yushen)氏に、日本市場への期待や技術面での優位性を聞いた。

Kling AIオペレーション責任者の曾雨珅(Zeng Yushen)氏

AI動画もここまで来た! Kling AIの技術的強みとは?

 Kling AIは、Kuaishouが、自社開発した大規模モデル「Kling」と画像生成モデル「Kolors」(可図)を基盤にしたAI動画生成ツールだ。世界のユーザー数は4500万人を超える。2024年6月に提供を開始。約10カ月後の2025年3月には年間換算収益が1億ドルを突破するなど、急成長を遂げている。

 Kling AIの特徴の一つは、高解像度かつ長尺の動画生成が可能な点だ。1080p、30fpsの動画を生成でき、通常に生成された5〜10秒の動画に基づいて最大2分間の動画を作ることができる。これは、一般的な動画生成AIの多くが対応する1分前後の生成を上回る仕様だ。

 プロンプトに対する圧倒的な再現性と、躍動感あふれる「動きのダイナミズム」もKling AIの優位性として挙げられる。

 同社が採用する「3D Space-Time Attention System」は、物体の動きと時間の推移を3次元的に学習・処理することで、自然な動作の再現を可能にした。水面に落ちた葉が広げる波紋や、夕暮れ時の中で人影が伸び縮みする様子など、複数の物理要素が複雑に絡み合うシーンにおいても、AI特有の不自然な崩れを抑えた精緻な描写を実現している。

日本市場での取り組み強化

 Kling AIが日本での活動を強化する背景には、日本のクリエイティブ産業の成熟がある。映像制作やアニメーション、広告制作の分野で高い技術力を持つクリエイターが多く、AIとクリエイティブの接点を広げる余地が大きいとみているようだ。

 2025年6月に開始した「Bring Your Vision to Screen」プロジェクトには、1カ月で世界60以上の国・地域から2000本以上の応募が寄せられ、約15%が日本からの投稿だった。受賞作品のうち、Kana氏とSEIIIRU氏の作品は渋谷の大型ビジョンで上映され、SNSでも話題となったという。

 同社は10月にTIFFCOMに初出展し、「Kling AI NEXTGEN グローバル新映像創作コンテスト」を開催。受賞作品の上映や表彰式を通じ、日本のクリエイターコミュニティとの関係強化を図った。

Kling AI NEXTGEN グローバル新映像創作コンテストの様子

 さらに日本市場を重要視し、日本向けの運営チームを新設。現地ユーザーのニーズに対応しやすい体制を整えるとともに、日本語・韓国語版の公式サイトも公開した。

 曾氏は「日本は創作文化が成熟しており、AIを活用した映像制作の可能性は非常に大きい。今後も日本ユーザーの創作を支援する取り組みを強化したい」と話す。

「Kling AI NEXTGEN グローバル新映像創作コンテスト」でグランプリを受賞した「Alzheimer」( 曹懿普iC·one)、魏筝(Haha))

ユーザー価値を基軸にしたプロダクト改善

 Kling AIが重視するのは「ユーザー価値の最大化」と「技術革新」の両立だ。ユーザーコミュニティでの対話や、利用データの分析を通じて、機能改善を継続している。

 複数の参照画像からの動画生成や、カメラワーク・動きの制御を可能にする機能の強化、さらに生成動画に効果音を付与するAIサウンド機能も追加するなど、利便性向上を図っている。技術面では独自のアルゴリズムを採用。画質や動作の自然さなど総合性能の維持・向上に努めている。

 中国国内では、北京テレビをはじめ複数の企業がKling AIを導入し、伊利、vivo、レノボ、周大福、マース、青島ビールなどとの協業も進む。APIの利用企業は2万社を超え、広告やEC分野では従来の実写制作の代替手段としてAI動画生成が活用されている。

 個人クリエイターによるAI動画制作の受注も増加し、制作単価は1分当たり数万円から数十万円に上る事例もあるという。KuaishouのプラットフォームではAIコンテンツの再生数が半年で300%増加。毎日のようにAI動画がヒットコンテンツになっているという。AIショートドラマやAIアニメーションなど新ジャンルの成長も目立つ。

競争軸は「技術性能」から「総合力」へ

 動画生成AI市場の競争が激化する中、単に技術面の優劣だけでなく、ユーザー価値、技術基盤、エコシステムといった総合力が重要な指標になりつつある。曾氏は「ユーザーの利用シーンをいかにして理解し、技術を実用的な体験に変換できるかが競争力の源泉になる」と話す。

 Kling AIは今後も基盤モデルの強化を進め、画質や動作の自然さ、指示理解、美的表現の向上を図る方針だ。加えてAPI提供やクリエイター支援の拡充により、広告、映像制作、ゲーム開発など多様な分野での利用拡大を見据える。

動画生成AIのこれから

 動画生成AIは、ここ数年で大きく進化し、企業の映像制作の進め方そのものを変えつつある。とくに広告やECなど、日々多くの動画を作る必要がある分野では、AIを使った制作が効率化やコスト削減につながると期待されている。

 一方で、映画やドラマのように「物語」や「表現力」が重視される分野では、AIをどう使うかが慎重に考えられている。

 前出の『グリーン・デスティニー』でアカデミー賞美術監督賞を受賞したティム・イップ氏は、動画生成AIによる映画制作の取り組みについて次のように語る。

 「深い物語や複雑なストーリーを描こうとすると、AIの生成はどうしても一般化されてしまい、作品が浅くなりやすいです。人間のアーティストが深く理解して表現する場合とは、やはり差がでます」

左から「Kling AI NEXTGEN グローバル新映像創作コンテスト」の審査員を務めた韓国映画監督のリ・ファンギョン氏、グランプリ受賞者、『グリーン・デスティニー』でアカデミー賞美術監督賞を受賞したティム・イップ氏

 「Kling AI NEXTGEN グローバル新映像創作コンテスト」の審査員を務めた韓国映画監督のリ・ファンギョン氏もAIとの協働についてこう述べる。

 「AI技術と向き合うとき、私たちはAIとどのように協働し、人間の感情を映像に吹き込むかを考えるべきです」

 このような映画制作者の視点は、動画生成AI時代における表現の本質を考える上で、重要な示唆を与えている。どの作業をAIに任せ、どこを人間の創造力で補うか。この判断が、今後の映像制作の成果を左右することになるだろう。

 12月19日には70分超の“フルAI制作”長編映画「マチルダ 悪魔の遺伝子」も劇場公開される。ティム氏やリ氏の映画制作者の目には、どう映るのであろうか。

12月19日には70分超の“フルAI制作”長編映画「マチルダ 悪魔の遺伝子」も劇場公開される

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

アイティメディアからのお知らせ

SaaS最新情報 by ITセレクトPR
あなたにおすすめの記事PR