アニメ版『ジョジョ』の総作画監督が指摘「Netflixで制作費が増えても、現場のアニメーターには還元されない」アニメ業界の「病巣」に迫る【後編】(1/5 ページ)

» 2020年07月17日 12時00分 公開
[伊藤誠之介ITmedia]
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 世界中で注目を集める一大コンテンツ産業となっている日本のアニメーション業界にはびこる低賃金や長時間労働といった過酷な労働現場の実態について回答を提示してくれる書籍が、玄光社刊の『アニメーターの仕事がわかる本』だ。この書籍の画期的なところは、アニメ業界の第一線で活躍している現役アニメーターが、著者の1人に名を連ねている点である。

 その中の1人、西位輝実さんにインタビューし、前編記事「アニメ版『ジョジョ』の総作画監督が語るアニメーター業界の「過酷な実態」」では制作現場の課題について語ってもらった。

 西位さんは専門学校卒業後の1999年からアニメ−ターとして働くようになり、『蟲師』『キャシャーンSins』といった作品で作画監督として活躍。2011年の『輪るピングドラム』で初めてキャラクターデザインを務めた後、『ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない』や『劇場版はいからさんが通る 前編 〜紅緒、花の17歳〜』でもキャラクターデザインを担当している。

phot 『ジョジョの奇妙な冒険』のコスプレをする外国人(写真提供:ロイター)

 『アニメーターの仕事がわかる本』では、フリーライターの餅井アンナさんによる質問に西位さんが回答する形式で、アニメーターの仕事の具体的な内容からその労働環境、そして収入や報酬単価といった数字に関する話まで、アニメ業界の最新事情が生々しく語られている。その中には、「本人は会社員と思っているが実際はフリーランス」といった具合に、一般社会の常識とは大きくかけ離れている面も少なくない。

 後編は、西位輝実さんに、Netflixをはじめとする、近年の日本アニメに進出している海外資本のビジネスについて聞いた。

phot 西位輝実(にしい・てるみ) 1978年生まれ、大阪府出身。大阪デザイナー専門学校を卒業。スタジオコクピットを経て、フリーランスのアニメーターとして活躍。現在は作画監督、キャラクターデザインをメインに行い、主な担当作にNetflix『聖闘士星矢: Knights of the Zodiac』、劇場版『はいからさんが通る』『ジョジョの奇妙な冒険 Part4 ダイヤモンドは砕けない』などがある。オリジナル漫画『ウロボロスの冠』をWebサイト(studio-meiris.com)にて配信中

IPは企業のもの アニメーターには何の権利もない

――アニメの制作現場が大変な状況なのに、それでも毎シーズンには数多くの作品が製作されていますよね。その背景には何があるのでしょうか?

 これまではアニメ業界といっても、そこまで規模が大きくなかったので、「DVDやおもちゃが売れればなんとかなる」みたいな感じだったと思うんです。それがアニメ単体で評価されるようになってきて、儲(もう)かる業界だと思われるようになると、いろんな人たちが参入してきて。

 アニメを知らない、アニメを好きでも何でもない企業が、突然スタジオを買収したり。アニメのことをよく知らない企業が、突然アニメ会社を作ったり。そういう人たちが考えているのは結局、自分たちでIP【※】を持ちたいということだけなんですよ。

※IP:「Intellectual Property(知的財産)」の略。情報やデザイン、アイデアなど、人間が創造的活動で生み出したものの総称だが、ここでは主に、創作によって生み出されたオリジナルの著作物というニュアンスになっている

――なるほど。IPの権利を持っていると、作品がヒットした時はそれこそグッズの展開だとか、いろんな方面のビジネスで、大きく稼ぐことができますからね。

 でも、そのIPを実際に作っている現場は火の車なんだということを、ぜひ知ってほしいんです。今まで通りの予算では、放映までたどり着けるかどうかは分かりませんよ、と。今は本当にそういう状況なんです。

――先日、中国の『羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ)』というアニメについて取材したのですが、あの作品は原作者=監督でスタジオの代表でもあるので、制作会社自体がIPを所有しているんです。JAniCA【※】代表理事の入江泰浩さんもその点を非常に評価していましたね。

 本当は日本もそうならなきゃいけないのに、今の日本の場合は「IPは全部スポンサー企業のものだから、お前たちはがんばって作ってくれ」という状態なので。結局、クリエイター自身が作品の権利を所有して、個人で営業に行くというのが、いちばん肝心なのかなと。企業から言われるままにオファーを受けちゃうと、個人ではIPを持てないので。

 海外の企業はそうではないんです。「一緒にやりましょう」と、クリエイターの権利をちゃんと認めてくれるので。それが日本の場合だと、契約書に“著作者人格権の放棄”が必ず書かれているんですよ。

※JAniCA:一般社団法人日本アニメーター・演出協会の略称。「アニメーション制作者実態調査」などを行い、アニメ業界の労働環境問題についても積極的に取り組んでいる。アニメーター・演出家の入江泰浩氏は、同協会の代表理事を務めている

phot アニメーター・演出家で、日本アニメーター・演出協会の入江泰浩代表理事

――ということは、作品を作った本人が、作品に対して権利を主張できない契約になっているわけですか?

 そうなんです。“著作者人格権の放棄”をさせたい気持ちは分かるんですよ。すごく大勢のチームで作っているので、その中の1人が「イヤだ」と言い出したら、それだけで全部できなくなるので。でもそれにしたって、何か違う文言にしてくれないかな、とは思いますよね。

 ただ、これがゲーム会社の場合だと、もっと厳しいんですけど。「仕事を担当したことを口外してはいけない」と、契約書に入っている場合も多いので。

――家庭用ゲーム機のソフトの場合は、スタッフの名前が以前よりは表に出てくるようになりましたけど、スマホアプリの場合は今でもほとんど名前が出てこないですね。

 例えばソシャゲのイラストとかは、なかなか名前が出せないですね。フリーランスとしては自分の実績として公開できないと、ポートフォリオに入れられないので、「この数年間はいったい何をしていたんだ?」という感じになっちゃうんですよ。

 その点、アニメの場合はエンディングクレジットに名前が載るので、ゲーム業界の人からは「うらやましい」と言われたりもしますね。

――例えば西位さんの場合だと、「アニメ版『ジョジョ』の総作画監督」という実績があるわけですよね。

 そうですね。その実績を表に出せるというのは、非常に有り難いです。でも海外の視点から見ると、そんな日本のアニメですら、やっぱりヘンらしくて。海外の会社が日本のアニメと契約する時に「権利者がやけに少なくない? これぐらいの規模の作品なら、もっと大勢いるはずだよね?」と聞いてくるらしいんですよ(笑)。

phot 中国映画『羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ)』のメインビジュアル(チームジョイ提供)
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