本人の思いとは異なる解釈が広まり、社会に定着してしまう――。こうした「言葉の誤読」は、組織の中でも日常的に起きています。
私が実際に見聞きした、ある人材派遣事業会社で起きた出来事もそんな事例の一つです。役員会資料を見て利益率の低さに激怒した経営トップが役員たちに理由を尋ねると、「派遣社員を社会保険に加入させるほど会社負担も増えるため利益が減る」と説明がありました。すると経営トップは「そんな言い訳は通用しない!」と激怒して突っぱねました。
頭を抱えた役員たちは考えた挙句、「派遣社員を社会保険に加入させるな」という指示と解釈し、全社に対して「粗利率が一定以上でない限り、派遣社員を社会保険に加入させてはならない」という方針を出しました。
その結果、利益率は回復することになったものの、社会保険の加入条件を満たしているにもかかわらず未加入で違法状態になっている派遣社員が多数いることが発覚。すると、経営トップは「なぜこんなことになっているんだ? 社会保険に加入するのは当たり前だ!」と激怒しました。
経営トップが本来求めていたのは、派遣社員の社会保険加入を前提とした上で、適切な粗利を確保できるよう努力することです。しかし、その会社の事業現場では粗利額を削ることで請求金額を下げて受注するクセがついており、付加価値を高めて粗利を増やすことを最初からあきらめていました。そこから、派遣社員を社会保険に加入させずに利益率を高めるという安易な解釈へとつながっていってしまったのです。
こんな事例を笑えないケースは、組織の大小を問わずあちらこちらの会社で見られます。開発期間短縮などのために何十年も検査不正を続けてきたメーカー、保険会社と結託して不必要な修理をでっち上げ売上利益を伸ばした中古車販売事業者、コロナ禍のどさくさに紛れて雇用調整助成金を詐取した会社など、組織ぐるみで不正行為に携わっていた事例は枚挙に暇(いとま)がありません。
中には、経営トップ自身が不正を指示していたと思われるものもありますが、リーダーに不正する意思がなくとも、指示を受けた側が努力すべき方向をはき違え、都合よく解釈して不正を指示することもあります。こうした不義理な忖度(そんたく)が、リーダーの発言の真意を歪めてしまうケースがあるのです。
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