この難局を打開する鍵として、森氏が提示するのがAIの活用だ。同社が開発した「Deep Dean」は、経理・財務・会計に特化した大規模言語モデル(LLM)だ。
新基準対応で特に頭を悩ませるのが、どの契約をオンバランスし、どれをオフバランスにするかという「判定」業務だ。全てをオンバランスすれば処理は単純だが、貸借対照表は肥大化し、ROAは悪化してしまう。企業としては、可能な限りオフバランス処理を行い、影響を最小限にとどめたいのが本音だろう。
しかし、その判断は容易ではない。例えば、専用サーバの利用契約一つとっても、契約内容によって判断が分かれる。
新基準では、契約の実態を「資産を支配しているか否か」で判断する。例えば、専用サーバの利用契約であっても、顧客側がメモリの増減など構成を自由に変更できる場合は、実質的に資産を支配しているとみなされ、オンバランスとなる。一方、サーバ会社側が構成を自由に変更できる契約であれば、単なるサービス利用としてオフバランス処理が認められる可能性がある。
「この『支配』の有無を、契約書の文言から丁寧に読み解く必要があるのです」と森氏は説明する。
しかし、この解釈にはグレーゾーンも多い。問題となるのは、監査法人との見解の相違だ。監査法人は、後から問題が発覚するリスクを避けるため、グレーゾーンでは「オンバランス」を求める傾向がある。一方、企業側としてはROAへの影響を抑えるため、可能な限り「オフバランス」処理を適用したい。この対立を乗り越えるには、契約内容に基づいた論理的な反証が必要となるが、それには高度な専門知識と膨大な手間がかかる。
ここで、同社が開発した経理特化型AIが強力な武器となる。契約書を読み込み、会計基準に照らして判定を行うだけでなく、「なぜそう判定したのか」という根拠まで提示できるからだ。
「AIは判定理由を論理的に構造化して出力します。『この条項があるからリースに該当する』『この条件を満たすからオフバランスが適用できる』といった形で、監査法人への説明材料を提示してくれます」
AIが提示するロジックを用いれば、「この契約には指図権がないため、オフバランス処理が適正である」といった主張を、根拠を持って展開できる。このように、監査法人との交渉において、AIが理論武装を支援してくれるのだ。
今回の連携の全体像を整理しよう。まず、弁護士ドットコムの「クラウドサイン」で契約書を一元管理する。次に、ファーストアカウンティングの「経理AIエージェント」がAPI経由で契約データを取得し、リース判定を自動で行う。判定結果は会計システムに連携され、仕訳データとして出力される。この一連の流れにより、契約管理から会計処理までがシームレスにつながる。
ただし、AIによる高度な判定を実現するためには、前提条件がある。判定の対象となる契約書が、網羅的に収集されていることだ。弁護士ドットコムの根垣昂平執行役員は、この契約管理の現状に危機感を募らせていた。
「契約書の管理漏れは、単なる事務ミスでは済まされません。経営リスクそのものなのです」
多くの企業では、契約書が紙と電子で混在し、保管場所も各部署に散在している。現場部門で締結された契約書が、経理部門に正しく共有されていない、というケースも少なくない。しかし、リース要素を含む契約を1件でも見落とせば、財務諸表の数値に誤りが生じる。決算発表後に発覚すれば修正報告が必要となり、企業の信頼性やガバナンスが問われる事態に発展しかねない。
だからこそ、契約の一元管理が不可欠だと、根垣氏は強調する。電子契約サービスに集約された契約データを、API連携によってAIに流し込む。これにより、収集から判定、そして会計システムへの連携までがシームレスにつながる。
この連携による業務効率化の効果は大きい。従来の手作業では、契約書の収集、条文の確認、リース要素の抽出、会計判定、システム入力という一連のプロセスに膨大な時間がかかっていた。この連携により、1件あたり約3時間かかっていた処理が、30分以内に短縮されたという結果が出ているのだ。
電子契約サービスで契約書を一元管理し、AIが自動で会計判定を行い、その結果を会計システムに連携する。この流れが途切れないことで、人手による転記ミスや確認漏れを防げる。両社はこの仕組みで、煩雑でありながら経営への影響が大きい会計業務の「正確性と効率化の両立」を目指しているのだ。
今回の連携は、新基準対応という目前の課題解決にとどまらない広がりを見せている。森氏は今後のロードマップについて、さらなるエコシステムの拡大を構想していた。
「今後は、ERPや固定資産管理システムといった独自システムとも連携を進めていく考えです」
契約管理から会計判定、そして基幹システムへの記帳まで。データが分断されることなく流れる仕組みを構築することで、経理業務は「入力と確認」から解放される。
「入力」はAIが自動で行い、「確認」もAIが一次チェックを済ませる。経理担当者は、AIが作成した判断材料をもとに、最終的な意思決定や経営層への提言といった戦略業務に注力する。この連携が目指すのは、AIが人間に取って代わる世界ではなく、人間が創造的な仕事に向き合える世界だ。
法制度や会計基準の変更は、企業にとって避けて通れない「守り」の課題だ。多くの企業が、これを単なるコストや作業負担として捉え、後手後手の対応に終始している。しかし、それを逆手にとり、AIによる「理論武装」とデータ連携によって、企業価値を守り、高めるための機会へと転換する道もある。
新リース会計基準という荒波を乗り越えた先には、テクノロジーを味方につけた、より強靭(きょうじん)な経理部門の姿があるはずだ。両社の連携は、そんな「攻めの経理」へと転換するヒントになるか。
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