「SaaS Is Dead」(SaaSは死んだ)。生成AIの進化により、米シリコンバレーでは今、そんな過激な論争が巻き起こっている。AIエージェントが全てを代行すれば、人が操作するソフトウェアは不要になるという主張だ。そう、生成AIによってプロダクト開発の在り方が大きく変わりつつある。
だが、この主張を真っ向から否定するのが、かつてiPhoneの源流と言われたGeneral Magicや、Web表現を変えたMacromediaで開発の最前線を走ってきた、米Figmaプロダクト担当副社長のSho Kuwamoto(ショウ・クワモト)氏だ。同氏は、「人が操作し創造するためのインターフェースとしてのSaaSの役割はむしろ強まる」と強調する。
米AppleからスピンアウトしたGeneral Magicには、Androidを開発したアンディ・ルービン氏や、「iPodの父」と呼ばれるトニー・ファデル氏が在籍していた。ショウ氏はGeneral Magicの後もMacromediaや、同社を買収したAdobeなどで活躍。2015年にFigmaに初期メンバーとして参画した、まさに「プロダクト開発のプロ」だ。
Figmaは今、テキスト指示だけで動くアプリを生み出す新兵器「Figma Make」で、開発の常識を覆そうとしている。なぜAI全盛の時代に、あえて「人が操作するUI」の復権を唱えるのか。シリコンバレーの歴史を知る“生ける伝説”に、AI時代の「作る責任」と勝算を聞いた。
Sho Kuwamoto 桑本晶(くわもと・しょう) Figma Vice President of Product(プロダクト担当副社長)。日本生まれ、幼少期に渡米。General Magicを皮切りに、Macromedia、そしてその後買収したAdobeなど、米国を代表するテクノロジー企業で活躍。起業経験もあり、スタートアップから大企業まで幅広いステージでの勤務経験をもつ。2015年に初期メンバーとしてFigmaに参画し、2016年の初期版リリースにも貢献。現在は全社にわたってプロダクトの方向性策定、ロードマップ開発、そしてチームマネジメントを主導している。Figmaエディタや開発者向け機能の戦略をリードし、製品の方向性やロードマップ策定、チームビルディングを担当多くの国で使われているFigmaは、そのユーザーの85%が米国以外だという。数百万人規模のユーザーがWeb・アプリ・サービスの開発に活用している。サブスクリプション形式で、ブラウザ上で動作するため、ソフトウェアのインストールが不要であり、常に最新の状態で共同作業ができる点が特徴だ。
デザインツールとして広く使われてきたFigmaは近年、UIデザインの領域を越え、企画から公開まで一貫して支援するプラットフォームへと進化を進めている。その中心にあるのが、テキストによる指示だけで、アプリのデザインからそのまま使えるプログラムまでを生成する新製品のFigma Makeだ。
従来は分断されていたデザイナーとエンジニアの工程を統合し、誰もが素早くアイデアを形にできる新しい開発プロセスを提示する。アイデア出しからプロトタイピング、実際の開発までのプロセスを大幅に短縮させるのだ。Figma Makeによって、WebやモバイルアプリのUI設計、アイデア検討、コード生成まで、デジタル開発に関わる工程を、一つの環境へ集約できる。
用途もデザイン分野だけではない。ユーザーの3分の2はデザイナー以外であり、そのうち約30%はエンジニアだ。製品の用途が広がり、製品ラインアップもFigma Design(デザイン作成・共有)を軸に、FigJam(オンラインホワイトボード)、Devモード(開発者向けモード)、Figma Slides(プレゼンテーション作成)に加えてFigma Sites(プロトタイプの作成から公開まで)やFigma Buzz(大規模にブランドアセットを作成)といった新機能を加えた。開発前後の工程を横断的にカバーする環境を、整えつつある状況だ。
ただ、こうしたプロダクト開発が進展する一方で、業界では「SaaS Is Dead」論が注目されている。この主張をぶつけると、ショウ氏は明確に反対の立場を取った。
「人間はAIの生成物を扱う際に『見る・触る・操作する』ことを必要とします。これからも直接操作できるUIは消えませんし、文章生成が優秀になっても、WordやGoogle Docsはなくなりません」
ショウ氏は、生成AIによる自動化の進展には同意しつつも、UIとしてのSaaSは今後も重要だと指摘。「人間がソフトウェアと直接やり取りする必要性は残る」と話す。
2025年は「AIエージェント元年」とも呼ばれた。SaaSは今後どう進化すべきかについて、ショウ氏はUIデザインの本質として 「シンプルさ」 を挙げる。
「複雑なものを作るより、シンプルにする方がはるかに難しいのです。AIが(人間が使いやすい)シンプルなUIを設計することは、難しいと思います。だからこそ『シンプルとは何か』『何をシンプルにすべきか』を根本から考え直す必要があります」
AIによって効率化し、新たな選択肢が増えれば増えるほど、UIは複雑になりやすい。ユーザーがやりたいことを、最短で実現できる設計を生み出せるか。これがSaaSの価値を左右するということだ。
AIモデルが細分化すればするほど、それらを適切に扱う「操作レイヤー」としてのSaaSの重要性はむしろ高まる。「AIの高度化が進めば進むほど、むしろSaaSの役割は強まる」とショウ氏は主張した。
Figma Makeは、効率化のためだけではなく、職能を越えてプロダクト開発に関わる人たちがアイデアを形にし、検証を繰り返すための基盤と位置付ける。
これは、Figmaが掲げる「全ての人がデザインを利用できるようにする」というビジョンに基づく。Figmaには、創業当初から2つの中核理念がある。一つは「デザインを全ての人にとってアクセス可能にすること」。もう一つは「想像と現実のギャップを埋めること」だ。AIの進化により、これらはより早く、より容易に実現できるようになった。
ショウ氏は、世界には「同じことをより早く・安く行いたい人」と「これまで実現できなかった新しいものを作りたい人」の2種類がいると話す。どちらにも価値はあるものの、ショウ氏は後者の創造性を広げる方向に魅力を感じている。
「AIに任せるだけでは、創造は生まれません。人が操作し、思考し、試行錯誤する場所こそがSaaSです」
SaaSは「創造性を引き出すためには不可欠なツール」だと強調するショウ氏。AIを単なる効率化のための道具として捉えるのではなく、これまで不可能だったことを実現するために、活用した方が可能性は広がる。
AIエージェントがプロダクト開発にもたらす影響は、増している状況だ。しかし、SaaSは「死んだ」のではなく、AI時代に合わせて再定義されつつある段階にある。人間とAIが共存しながら開発を進める新しいプロセスの在り方が、どう整備されていくのか。
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