この課長は、もともとITエンジニアとして20年以上キャリアを積んできた。コードを書き、システムを設計し、プロジェクトを回す。それが仕事だった。
ところが最近、会社から「お客さまのところへ行ってほしい」「営業的な動きもしてくれ」と言われるようになった。課長は正直、困惑した。
「技術の話ならできます。でも、用もないのにお客さまを訪問するなんて、何を話せばいいんですか?」
「話すネタなんて、ないですよ」
営業担当者は、なぜあんなに気軽に客先へ行けるのか。課長には不思議でならなかった。
課長の悩みは職場だけではなかった。高校生の娘、中学生の息子。2人とも、ほとんど会話がない。朝、顔を合わせても「おはよう」ぐらいだ。夕食の席でも、子どもたちはスマホを見ているか、テレビを見ているか、のどちらかだ。
妻からは、何度も指摘されている。
「お父さん、何か話してよ」
「どうして緊張するの? 自分の子どもでしょ?」
しかし、何を話せばいいのか分からない。話題を振っても、いつも会話が続かないのだ。結局、黙ってしまう。その連続だ。
課長は昔から気が小さかった。人と話すのが苦手だった。技術者という仕事は、そんな自分に合っていた。システムは論理で動く。人間関係のあいまいさに悩まなくて済んだ。
しかし今、その逃げ場がなくなりつつある。部下を持ち、顧客と接し、家族とも向き合わなければならない。特に最近の若い人に対して、どんな話をしたらいいのか、まったく分からない。悩みは深まるばかりという。
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