もっとも、推す側が推される側に憧れを抱くこと自体は特異ではない。アイドルを目指す若者や、コンセプトカフェで働くスタッフの中には、もともとその文化に憧れていた人もいる。推す経験は、ときに「自分もあちら側に立ってみたい」という想像へと接続する。推すことと推されることは、必ずしも断絶されていない。
その“立場の反転”を、疑似的かつライトに体験できる場として登場したのが、冒頭で紹介した「VSING」である。
VSINGは、東南アジアを中心に全世界42店舗(2025年8月時点)で展開されているカラオケステージ&バーだ。従来の個室型カラオケと大きく異なる点は、その空間設計にある。
誰でも参加できるオープンなフロアに、大型LEDや照明演出を備えたステージが設置され、ライブハウスのような雰囲気を演出。利用者はそのステージに立ち、観客に囲まれながら歌唱する。
そして特徴的なのは、専用アプリを通じた応援の仕組みだ。観客は専用のコインを購入し、気に入った歌い手にチアーとしてを送ることができる。目の前で歌う人に対してアプリを通して「投げ銭」をするイメージだ。
「かわいい」「エグい」といったメッセージとともに送られたチアーは、ステージ上のスクリーン演出に反映され、場の盛り上がりを可視化する。チアー数に応じて歌い手にポイントが付与され、店内での飲食や利用料金の割引などに充当できる。このような投げ銭のシステムとは別に、実際のライブ会場さながらにサイリウムで応援することも可能だ。
企画担当者によると、SNSやライブ配信の普及によってパフォーマンスを発信するハードルは下がったものの、リアルな空間で他者から承認される体験へのニーズは依然として強いという。日本では投げ銭文化が浸透しており、応援そのものをエンターテインメントとして楽しむ土壌もすでに整っている。サイリウムを振る、合いの手(コール)を入れるといった参加型の応援文化も広く共有されている。
確かに「人前で歌い、その場にいる他者とやり取りする」という構図自体は目新しいものではない。実際、2025年大阪・関西万博で吉本興業ホールディングスが手がけたパビリオン「よしもと waraii myraii館」で実施された“万博カラオケ”も話題を集めた。
また、「のど自慢」や「カラオケバトル」など、プロではない一般参加者が歌唱する番組が長年支持されてきたのも、「歌いたい人」と「その姿を見たい人」の双方が存在しているからこそだろう。
ただし、VSINGにおいて注目すべきは、その構図がビジネスとして精緻に設計され、制度化されている点にある。従来は場の雰囲気や偶発的な盛り上がりに委ねられていた「歌う」と「応援する」という行為が、アプリやポイント制度、ランキング機能などによって可視化され、経済的価値と結び付けられている。VSINGでは、偶発的な盛り上がりではなく、「応援される構図」そのものが設計されているのだ。
利用者の多くはプロを目指しているわけではない。ただ一時的に「応援される側」の構図を体験してみたい、その程度の距離感で参加できる点に、この業態の特徴がある。承認を得る快感を味わいながらも、日常の自己は保持できる。ここでは、“リスクの低い推され体験”がパッケージ化されているのである。
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