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Googleが拒否した軍事AIを成功へ 異端企業「Palantir」が示す、次なるAIの戦場

» 2026年03月06日 07時00分 公開
[湯川鶴章、エクサウィザーズ AI新聞編集長]
ExaWizards

 AIの戦場はいま、大きく2つに割れつつある。

 一つは、シリコンバレーが長年信じてきたAI=基盤モデル(LLM)の性能競争。もう一つは、企業や政府の現場にAIをどう組み込み、実際の意思決定や運用を変えていくかという実装競争だ。

 そして後者の戦場で、静かに、しかし圧倒的な存在感を放つのが、米コロラド州デンバーに本社を置くPalantir Technologies(パランティアテクノロジーズ)だ。

 AI業界がモデル性能の覇権争いに明け暮れる中、Palantirは全く異なる価値観でAIの時代を切り拓き、業績を急拡大させている。

シリコンバレーのPalantir Technologies本社キャンパス(写真提供:ゲッティイメージズ)

国家安全保障から生まれた異端児  泥臭い基盤は「軍事レベル」

 Palantirは2003年、PayPal共同創業者ピーター・ティール(Peter Thiel)氏と、現CEOのアレックス・カープ(Alex Karp)氏らによって設立された。創業当初から米国政府や軍のデータ統合・分析・作戦支援システムを手掛けてきた同社は、いわば国家安全保障のためのAI企業として育った。その結果、データ統合、権限管理、運用プロセス設計といった泥臭い基盤は、軍事レベルで鍛えられてきた。

 この地に足のついたAIが、いま民間企業の世界で強烈に求められている。2025年9月期、Palantirの売上高は前年比63%増の11億8100万ドル。その中でも民間向け事業は、前年比121%増と爆発的に伸びている。

 カープ氏はその理由を「独自路線を貫いてきたから」だと語る。彼が貫いてきた価値観は明確だ。──米国の、国と企業を強くする。そしてその価値観が最も象徴的に表れたのが、2017年の「Project Maven」だ。

Googleが拒否し、Palantirが引き受けたAIプロジェクト

 米国防総省が立ち上げたAIプロジェクトProject Mavenは、ドローン映像をAIで解析し、敵の人物・車両・行動を自動識別するという最重要軍事プロジェクトだった。当初はGoogleが関与する流れだったものの、社内で「AIを殺人に使わせるな」と4000人を超える反対運動が起こり、同社は協力を拒否した。

 そこで白羽の矢が立ったのがPalantirである。カープ氏は躊躇(ちゅうちょ)なく受注し、プロジェクトを成功に導いた。この出来事は、AIに対するシリコンバレーとPalantirの価値観の決定的な分岐点だったと言える。

米国防総省が立ち上げたAIプロジェクトProject Maven(米国防総省。写真提供:ゲッティイメージズ)

AIの本当の戦場 モデル競争から組み込み競争へ

 シリコンバレーは今もLLMの性能競争に明け暮れている。しかし、企業の現場でAIを本当に使おうとすると、もっと大きな壁が立ちはだかる。

  • AIが既存システムとつながらない
  • 部門ごとにデータ形式がバラバラで統合できない
  • 誰が何の情報にアクセスしてよいかという権限管理が極めて複雑

 どれほど高性能なAIモデルでも、この統合・運用・権限の壁を越えられなければ、企業では使い物にならない。

 一方でPalantirは、政府・軍向けに鍛え上げられたおかげで、こうした基盤がすでに完成している。そこに企業のデータを載せ、まずは成果課金型でPoCを実施し、価値が出たら本格導入へ移行する。小さく始めて、大きく育てる導入モデルこそ、民間企業で契約が急拡大している理由だ。

 カープ氏はこう語る。「AIモデルは素材にすぎない。大事なのは、それをどう調理し、どう運用するかだ」

 これは、AI業界が今ようやく気付き始めた地殻変動を示している。Palantirは、その変化の先頭を走っているわけだ。

人材戦略でも、シリコンバレーとは全く違う

 シリコンバレーのAI企業は、経営者視点でAIの未来を語る。米OpenAIのサム・アルトマン(Sam Altman)氏は近い将来、一人の人間が大量のAIエージェントを使いこなし一人ユニコーンが生まれると語るなど、AIが労働を置き換える未来を前提にした議論が多い。

 一方カープ氏は、全く異なる視点を持つ。「AIは労働者を含む全ての人を幸福にする技術であるべき」という視点だ。

 その信念から、Palantirはブルーカラー向けのAI教育プログラムを提供するなど、労働者のAIリテラシー向上に力を入れている。AIで失業や不安が高まれば、人々は政治的に極端化し、社会が不安定になる──とカープ氏は考えているからだ。

 この国家・企業・労働者を全て強くするという価値観こそ、Palantirのシリコンバレーとは異なる最大の特徴である。

AIの新時代は、価値観の多極化から始まる

 AI業界はこれまで、シリコンバレーのトップ企業が主導してきた。しかし今、Palantirのように異なる価値観でAIを実装し、成果を出す企業が台頭している。欧州には欧州の価値観、中東には中東の価値観、そして日本には日本の価値観がある。

 AIの新時代は、価値観の多極化から始まる。シリコンバレー以外の地域から、次のAI覇権企業が生まれる可能性は十分にある。そしてPalantirは、その先陣を切った存在なのだ。

シリコンバレー以外の地域から、次のAI覇権企業が生まれる可能性は十分にある。Palantirは、その先陣を切った存在だ(写真提供:ゲッティイメージズ)

本記事は、エクサウィザーズが法人向けChatGPT「exaBase 生成AI」の利用者向けに提供しているAI新聞「シリコンバレーと異なる価値観でAIの新時代を拓くPalantir」(2025年11月22日掲載)を、ITmedia ビジネスオンライン編集部で一部編集の上、転載したものです。

著者プロフィール

湯川鶴章

AIスタートアップのエクサウィザーズ AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。17年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(15年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(07年)、『ネットは新聞を殺すのか』(03年)などがある。


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