プルデンシャル生命「前代未聞の不祥事」が起きたのは“必然”だった、と言えるワケ(3/4 ページ)

» 2026年03月26日 05時00分 公開
[大関暁夫ITmedia]

プルデンシャル生命の「コアバリュー」から透けて見えていた“危うさ”

 “経営の神様”と称される松下幸之助氏は「私たちの遵奉すべき精神(七精神)」を掲げました。その行動指針は、経営理念と同等に重要なものです。そして、社員として守るべきものとして位置付けました。

 京セラを一代で築き、日本航空の経営破綻に際してはその精神的な面での再生をリードした稲盛和夫氏の場合はどうでしょうか。彼は、行動指針を「フィロソフィ」と名付け、経営理念の実現に先立つ一丁目一番地と位置付けてきたのです。

 七精神もフィロソフィも、基本は自己の利益一辺倒に走らない奉仕の精神、利他の精神の重要性をうたっています。

 近代企業経営において、経営理念はドイツからの輸入品です。一方、行動指針は、日本独自の古くからの精神をベースに引き継がれてきた、日本企業の魂ともいえるものです。「嘘をつかない」「公明正大」といった商売の基本的な姿勢がそれに該当します。古くは市中で商業が栄えた江戸時代に、禅僧であった鈴木正三や哲学者の吉田梅岩が説いたものが起源となっています。明治期に渋沢栄一がそれを継ぐ形で日本企業の在り方を「論語と算盤」としてまとめ、後の松下氏や稲盛氏に引き継がれてきたのです。

 一方、外資系企業であるプルデンシャル生命の『コアバリュー』を見ると、興味深い違いがあります。そこには『勝つこと』という言葉が含まれています。もちろんこれは高いプロ意識の表れでしょう。しかし、松下氏や稲盛氏が説いた『利他』や『公明正大』という、利益以前の人間としての規律を最優先する日本的経営の系譜から見れば、この『勝利』への強調は、一歩間違えれば功利主義に傾きかねない危うさを孕んでいるようにも映ります。ここに、日米の企業観・倫理観の決定的な温度差があるのではないでしょうか。

 社員が本国のように、キリスト教的な教えを根付かせる環境で育ち、社会奉仕や利他の精神を根底に持ちながら活動しているわけでもありません。同社の日本法人の組織風土が、自己の利益を最優先して暴走しかねない非常に危うい状況にあったのは、想像に難くありません。その風土の上に、フルコミッション制の個人主義営業活動が乗って各自の報酬が決まっていました。長期にわたる多数の営業職員による不正の数々は、企業不祥事研究を生業としている筆者から見れば、起こるべくして起きたといえるのです。

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