年間470万個を売った「峠の釜めし」 売上95%減の危機をどう乗り越えたのか(3/5 ページ)

» 2026年03月30日 07時30分 公開
[田窪綾ITmedia]

27歳で見た家業の現実

 高見澤氏は大学卒業後、英国に留学していた。「どこへ行っても荻野屋の息子と見られる環境から離れたかった」という思いと、将来の起業を視野に会計を学ぶためだった。

荻野屋6代目代表取締役社長 高見澤志和氏

 しかし父の急逝を受けて帰国。2003年、27歳で荻野屋に入社する。現場を回りながら財務内容を確認すると、過大な設備投資による多額の借入金が残っていた。利益管理はどんぶり勘定で、原価表すらない商品も多かった。

 「おいしければいい、という発想でやっていた。まずそこを変えるところから始めました」

 原価表の整備や利益意識の浸透など、経営体質の改善に取り組んだが、現場からは反発もあった。特に「峠の釜めし」は看板商品であるがゆえに、変えることへの抵抗感は小さくなかった。

 高見澤氏は責任者たちと丁寧に対話を重ね、「なぜ賛同できないのか」を一つずつ聞きながら、少しずつ意識を変えていった。2012年に代表に就任するまでの約9年間は、主にこうした内部改革の地ならしに費やした。

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