では、前提が整っていない現場では、実際に何が起きているのか。
調査では、72.1%の受注者が「契約書や発注書が手元にないために価格交渉をためらった経験がある」と回答した。以前合意した単価がいくらだったのか分からなければ「コストが上がったので見直したい」と切り出すこと自体が難しい。交渉の意思があっても、根拠となる書面にアクセスできないことが壁になっているのだ。
問題は価格交渉の場面だけにとどまらない。17.1%が「契約内容の変更を把握できておらず、誤った条件で取引をした経験がある」と答えた。
契約は一度締結して終わりではなく、覚書の締結や条件改定を経て変遷していく。その変更を追えていなければ、古い条件のまま取引を続けてしまうリスクがある。取適法では事前に定めた条件に基づく適正な履行が求められるため、管理の不備は法令上のリスクにも直結する。
「取適法においても、事前に取り決めていない内容を口頭だけで発注することは問題とされています。交渉の場面だけでなく、適正な履行においても最新の契約内容を正しく把握していくことが重要です」(大泊氏)
松田氏は、こうした書面管理の問題が価格協議の現場にも影を落としていると語る。
「人事異動などで当時の交渉を覚えている人がいなくなるケースは珍しくありません。どの時点までの状況を織り込んで価格を設定したのか記録しておくことは、委託者・受託者双方にとって不可欠です」
合意内容をいつでも参照できること。条件が変わった場合にその経緯を追えること。価格交渉にせよ日々の履行にせよ、この2つがそろっていなければ適正な取引の土台は成り立たない。
受注側に課題が残る一方、発注側はどうか。発注側となる企業の法務担当者143人への調査では、87.4%が取適法に「対応している」と回答した。法施行をきっかけに、従来の実務を見直す動きは着実に広がっている。
しかし、対応の中身を見るとある「壁」があることが分かった。今回の改正では、取適法の対象となる受注側企業の判定基準に従業員数基準が新たに追加された。物品の製造委託などであれば300人、情報成果物作成委託などであれば100人がその境界だ。改正前は資本金だけを見ればよかったが、施行後は取引先の従業員数も調べなければならない。
そもそもなぜ従業員数基準が追加されたのか。松田氏によれば、改正前の下請法では一部に、法の適用を逃れるために受託側に増資を求めるといった行為が見られたという。従業員数は恣意(しい)的に操作しにくいため、こうした行為を防ぐ目的で新たに設けられた基準だ。
ただし、従業員数は資本金と異なり登記簿などで公示されず、採用や退職によって日々変動する。法律上は個別の発注ごとに適用を判断する必要があるため、年初に対象外だった取引先が途中から対象になるケースもあり得る。
今回の調査でも、不安を感じている様子がうかがえた。発注側の法務担当者のうち59.5%が受託事業者の特定に「課題がある」と回答した。最大の理由は「企業情報を個別に確認・収集する必要がある」(32.9%)だった。
松田氏によれば、この従業員数基準への対応こそ「今回の法改正で最も反響が大きかった点」だという。
では、現場はどう対処しているのか。松田氏は実務上の工夫として2つのパターンを挙げた。
「全ての委託取引で取適法に準拠する前提でフローを組んでいる会社もあります。あるいは、年に1回人数を確認して、急激な減少がない場合は個別確認を省略するなど、バッファを設けて運用している例も聞いています」
いずれの方法にせよ、法律の枠組みを踏まえた上で社内の運用ルールをどう設計するかが問われている。正解は一つではなく、各社の取引規模や体制に応じた判断が求められる局面だ。
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