AIばかりでは「若手の足腰が弱る」 ANA、日立、JPiX――3社の会長が語る未来のリーダー育成論

» 2026年06月11日 06時00分 公開
[野本纏花ITmedia]

 「効率化のためにAIを導入したら、若手が育たなくなった」「AIで代替できるようになった仕事から労働移動を進めたいが、リスキリングがうまくいかない」など、AIによってさまざまなところでゆがみが生じている昨今。

 もしかすると、私たちがデジタル化や効率化を追い求める裏で、本来、付加価値の源泉となるはずの「暗黙知」や「泥くさい試行錯誤」が、急速に失われているのではないだろうか。

 人手不足が深刻化し、労働の流動性が高まる日本において、これからの経営者は社員とどうエンゲージしていくべきなのか。

 日本生産性本部が2026年5月15日に発表した提言「付加価値増大を軸とした生産性経営の実践〜2040年、日本を世界の生産性トップリーグへ導く経営変革の道筋〜」と、同日に開催した公開シンポジウムにおけるパネルセッションの模様をお届けする。

<登壇者>

生産性経営者会議 共同委員長 片野坂真哉氏 ANAホールディングス取締役会長

生産性経営者会議 共同委員長 冨山和彦氏 日本共創プラットフォーム(JPiX)代表取締役会長

生産性経営者会議 共同委員長 東原敏昭氏 日立製作所取締役会長 代表執行役

経営者への提言

──経営者自身の変革──

1. AI時代の経営者はチーフ・イノベーション・オフィサーへ

2. 効率化重視に留まらない、付加価値を創造し続ける経営の実践を

──戦略の明確化──

3. 自社のドメインナレッジとデジタル技術の融合による「勝ち筋」を明確に

4. 付加価値を最大化できるよう競争領域と協調領域の区別を

5. 自社の戦略的貢献領域を明確に定義し、事業ポートフォリオの再構築を

──産業構造・エコシステムの変革──

6. 業界再編・企業統合・戦略的連携を推進し、産業構造改革の主導を

7. スタートアップとの戦略的な協業・投資の推進を

8. 国内市場は縮小するからこそ、グローバル市場での勝負を

──仕事・人材・組織の変革──

9. 人間が付加価値創造に専念できる職場環境の実現で、真の働き方改革を

10. 人間にとって、やり甲斐のある仕事への労働移動と実効性のあるリスキリングを

11. 「生産性向上の源泉となる多様性」と「経済的格差を放置しない包摂性」を

──経営基盤の強化──

12. 持続的な企業価値向上の経営基盤として、コーポレートガバナンスの高度化を

日本生産性本部「付加価値増大を軸とした生産性経営の実践〜2040年、日本を世界の生産性トップリーグへ導く経営変革の道筋〜」より

「高学歴」「いい就職」が安泰の時代ではない 今人間に求められる4つの力

冨山氏: AIが面白いのは「人間がやらないといけないことは何か」を純化するところですよね。私が思うに、これからの経営者に求められるのは(1)本質的に大事な問いを立てる力、(2)決める力、(3)人を動かす力、(4)最後に責任を引き受ける力──の4つの力に収れんするような気がしています。

 これは経営者に限った話ではありません。個人でも「自分はどういう生き方をすべきか」という問いを立てなければならないし、その中で自分の人生を選択し、決めなければならない。そしてそれを実際に実行しなければならないし、その結果を自分の人生として引き受けなければなりません。個人にも、この4つの力が鮮烈に問われているのです。

 裏を返せば「偏差値の高い大学に入って、いい会社に入ったら、後の人生は安泰だ」という期待はできなくなってきた。こういう時代だからこそリベラルアーツを身に付けることが大切だと思います。

生産性経営者会議 共同委員長 冨山和彦氏 日本共創プラットフォーム(JPiX)代表取締役会長(提供:日本生産性本部、以下同)

東原氏: AIはリベラルアーツを学ぶのには有効ですよね。何か困ったことが起きたら「過去に類似のものはないか」と歴史を探って、アナロジーから現代の課題へのヒントを得る、といった使い方をしたいときに、非常に便利じゃないですか。

冨山氏: まさに。ただ、それは東原さんが正しい問いを立てられているからであって、リベラルアーツが弱いと正しい問いを立てられないと思うんですよ。

片野坂氏: 日本のリベラルアーツ教育の問題もありますが、働き方改革で過度な残業抑制がされていることにも問題があると思っていて。これまで業務時間外で行われていた、暗黙知や日本ならではの技量を継承する時間が少なくなっている。通常の業務時間内では学べないものもたくさんあるのではないかと感じています。

冨山氏: 確かに。知識はAIが教えてくれるので、人間ならではの付加価値を生むという観点では、そうした知識以外のところをもっと大切にすべきなのかもしれません。

「AIに頼った仕事をさせていてはダメ」 若手の「ボス力」を鍛えるには

参加者からの質問

 建設業勤務です。若手の育成について質問させてください。今、若手はAIを使いながら仕事をしているのですが、今後、そうした仕事の多くはAIに置き換えていくことになると思います。そうなると、今の若手が将来管理職になったときに、リベラルアーツや身体知、あるいは経験値のようなベースとなるものがすっぽりと抜け落ちた状態で、重要な意思決定をしなければならなくなるのではないかと心配しています。若手の育成に関してアドバイスがあれば、お願いします。

冨山氏: いわゆるジュニアトラップ問題ですね。おそらく今、ほとんどの仕事で同様の問題が起きていると思います。例えば、弁護士事務所やコンサルティングファームでは、国会図書館に行って調べ物をするような若手の仕事は、ぜんぶAIで済んでしまう。あるいはITでも今の若手エンジニアはAIにコーディングをさせて、自分の手は動かさない。たしかに効率的ではあるけれど、これでは足腰が弱くなるのは当然です。

東原氏: 言うなれば、私たちが本当に追求すべきものは「効率が良い/経済合理性が高い」だけで良いのか、という問いですよね。不自由が次の価値を生み出すこともありますし、人間の価値観なんて5年もあれば変わってしまいます。そのような中で「絶対にAIが完璧で最強だ!」とむやみに思い込んでしまって良いのか。私たちにしかできない「人間らしさとは何か」をもっと議論すべきなのだと思います。

生産性経営者会議 共同委員長 片野坂真哉氏 ANAホールディングス取締役会長

片野坂氏: AIは、過去のデータは調べ尽くしているけれど、今に近づけば近づくほどデータが乏しくなっていきますよね。

冨山氏: AIができる仕事は、極めて標準的で、かつ二次情報に基づきます。つまり、急速に価値を失いやすい。ということは、AIができる仕事の大部分はコストサイドにあって付加価値を生みません。

 逆に言えば、将来、付加価値を生み出す人材を育成したいなら、AIに頼った仕事をさせていてはダメなんですよ。たとえAIに置き換えられたとしても、幾分かの泥くさい仕事はさせておかないと。AIに頼らないで試行錯誤する経験は必須だと思います。

 ただ一方で、日本企業は「昇進のペースがあまりに遅い」という問題があります。部下でいる時間が長すぎると、部下として適応・進化するので、上司の顔色をうかがう能力ばかりが高くなってしまう。そうすると“ボス力”が身に付かず、将来的にボスへの転換がなかなかできなくなるんですよ。

 だからこそ、若手の育成においては、あえてAIを使わずに泥くさいことをさせる下積みの時間と、ボス力を身に付けさせる時間の最適な配分を、会社は考えていくべきだと思います。

いい人材が辞めるのは「処遇に失敗」した結果

冨山氏: ポートフォリオ経営でよくありがちなのは、成長分野が見つかったらそこに人を移して失敗するケースです。労働移動に関して東原さんはどうお考えですか?

東原氏: やはり一番大事なのは個人のモチベーションでしょう。

 日立では1910年の創業以来「優れた自主技術・製品の開発を通じて社会に貢献する」という企業理念を掲げており「今日の自分ががんばったことが、どう社会に影響を与えられたのか」といった社会とのつながりや社会貢献に、プライオリティを置いています。

 そういう意味では「社員がどういうときに生きがいを感じているのか」「どうしたらモチベーションを上げられるのか」というのは、経営者がもっと考えないといけないところでしょうね。そうじゃないと、いくら会社の都合で「この事業に必要だから学び直せ」と言っても、うまくいかないですよ。

 あと、労働移動に対する考え方で言えば、アルムナイをつくって、一度日立を辞めた人でもレベルアップしていれば、どんどん迎え入れるようにしています。自分のモチベーションによって出て行ける環境の方が、日本にとってもよろしいのではないかと思いますね。

生産性経営者会議 共同委員長 東原敏昭氏 日立製作所取締役会長 代表執行役

冨山氏: 選択権は働く側に移っていますからね。よく「希望退職を募ると、いい人が辞めてしまう」という話を聞きますが、それはそれまでの処遇に失敗しているからなんですよね。その人が自分で思っている能力と地位が見合っていない。だから辞めたくなるんです。

 出て行きたい人には気持ちよく出て行ってもらい、結果的にいい人が残ってくれるようにするのが、一番美しいじゃないですか。流動性は経営に緊張を生むので、私はいいことだと思っています。「最近の若い人はすぐ辞める」と嘆いている場合ではありません。

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