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味の素、“万能DX人材”増員へ 育成のきっかけは新規プロジェクトの苦い経験

» 2026年06月25日 07時00分 公開
[濱川太一ITmedia]

 企画、デザイン、開発、データ分析――かつて「専門家」「特別な技能を持つ人材」がいなければ成立しない業務が多々あった。しかしAIの進化によって非専門家でも多くのことができるようになった。例えば、プログラミング未経験の社員が、生成AIと対話してアプリケーション開発を成功させている。

 AIの恩恵を生かせば、DX人材を育てられる――これに取り組んでいるのが、食品大手の味の素だ。同社は特に、1人で複数の役割を担う「フルスタック人財」の育成を重視している。

 味の素の高木亮輔氏(DX推進部)は「従来は新規事業を立ち上げたい人が10人いても、ビジネスコンテストを勝ち抜いた1人の提案に、10人分のリソースが割り当てられていた。テクノロジーの力を活用することで(フルスタック人財を育み)、10人とも新規事業を立ち上げられるようにしたい」と語る。

 同社が“万能DX人材”の育成を目指す背景には、わずか1年で終了した“ある事業プロジェクト”の存在があるという。

photo 味の素の高木亮輔氏(DX推進部 先進ITグループ マネージャー)(写真提供:リーダーズ)

本記事は、DX支援を手掛けるメンバーズの主催イベント「DXリーダーズ・カンファレンス2026」(6月12日開催)に登壇した、高木亮輔氏による講演「味の素の新規事業から学ぶ、デジタル人財開発とAI駆動開発を実現する内製組織」を取材したもの。


“万能DX人材”育成へ きっかけは新規プロジェクトの苦い経験

 高木氏がフルスタック人財の必要性を意識したきっかけの一つが、過去に携わった「女性向けセルフケアサービス」の事業プロジェクトだった。

 月に1回、セルフケア商品が届くサブスクリプションサービスで、このプロジェクトにはコミュニティー運営やイベント企画、商品開発など多様な領域の専門家が20人ほど参加していた。しかし、同事業は約1年で終了したという。

 課題は専門家の能力ではなく、チームの構造にあったと高木氏は振り返る。

 人数が増えるほど部内調整や情報共有が伝言ゲームと化し、負荷が大きくなる。意思決定までの時間も長くなり、リーダーの考えや熱量が十分に伝わらなくなる。挑戦したいことがあっても関係者との調整に時間を取られ、実際の検証や改善に十分な時間を割けなくなっていた。

 新規事業では「仮説を立てて試し、結果を見ながら方向修正する」という流れの繰り返しが求められる。しかし関係者が増え過ぎると、そのスピードが失われてしまう。

 高木氏は「リーダーの熱量や勢いを保てるような、少人数のチームが良かったのではないか」と振り返る。こうした経験からたどり着いたのが、1人で複数の役割を担える人材を中心にした組織づくりだ。

開発未経験の社員が作ったツールで年300時間削減

 これまでは、企画、デザイン、開発、データ分析などの専門領域を、1人で担うことは容易ではなかった。しかしAIの登場によって状況が変わってきた。

 プログラミングの経験が少ない社員でも、生成AIを活用することでアプリケーションやツールを開発できるようになった。データ分析や資料作成も同様だ。専門家レベルには及ばなくても、一定水準の成果物を作れるようになっている。

 高木氏は「専門家でなければできなかった仕事のハードルが大きく下がった」と話す。

 味の素は現在、ビジネス部門の社員が自身の課題意識を起点にし、AIやローコードツールを活用して課題解決につながる試作品を作る取り組みを進めている。

 これまで開発経験のなかったDX部員が業務改善ツールを作成し、年300時間規模の工数削減につながった事例も生まれているという。

活躍するのは「とがった一芸を持つ人」ではない?

 高木氏は、既存事業と新規事業では求められる人材像が異なると指摘する。

 既存事業は業務プロセスが確立されているため、専門的な部分にフォーカスして細かく改善することが重要になる。そのため特定分野に強みを持つスペシャリストが力を発揮しやすい。

 一方、新規事業ではこうしたプロセスが確立されておらず、ドラスチックな変更が起こることも珍しくない。試作品を素早く作成し、試すことが重要になるため、社員1人が幅広い役割を担い、迅速に意思決定をする体制が不可欠だという。

 「活躍する人を見ていると『何かすごくとがった一芸を持っている人』というよりは『いろいろなことを器用にこなせる幅のある人』だという印象がある」(高木氏)

 そのため、1つの領域を深く掘り下げるだけではなく、企画、顧客理解、開発、データ活用などを横断的に捉えながら、素早く意思決定できるフルスタック人財が求められる。

 このほか、フルスタック人財には「課題を自ら見つける力」「未知の領域に挑戦する姿勢」も欠かせないという。新規事業では想定外のことが起こる。正解が用意されていないからこそ、自走できる力が求められる。

フルスタック人財を育てる「3つのマネジメント方針」

 味の素は、こうしたフルスタック人財を育てるためのマネジメント方針として、以下の3つを掲げる。

(1)体験・ツールへの投資
 社員が学べる体験やツールに積極的に投資し、分からないことを外部の専門家に委託するのではなく「まずは自分でやってみる」という内製意識の涵養(かんよう)を目指す。

(2)「やりたいこと」ベースの役割分担
 新たなスキル獲得の負荷を乗り越えられるよう、社員が希望する役割を与えることで熱量高く取り組める環境づくりを重視する。

(3)裁量とセーフティネット
 新たな取り組みにおける失敗を想定し、事前に回避策を用意しておくことを基本とする。

 新規事業の現場で必要なのは、学んでから動く人ではなく、動きながら学べる人だという考え方が、マネジメント方針に反映されている。

外部パートナーとの付き合い方はどうなるのか

 フルスタック人財によるDXや新規事業の内製化を重視するからといって、外部企業に全く頼らないわけではない。高木氏は、パートナー企業には従来と異なる役割が求められると考えている。

 これまでは開発や運用を委託し、成果物を納品してもらう形が一般的だった。しかしAI時代には、社員自身が手を動かす場面が増える。

 そのとき重要になるのは、足りない部分を補うだけでなく、知識やノウハウを組織の中に残してくれるパートナーの存在だ。味の素では、外部企業と社員が一緒に考え、共同で開発を進める形を重視しているという。単なる発注者と受注者ではなく、共に試行錯誤しながら成長する関係といえる。

 高木氏が目指すのは、AIを活用することで、より多くの社員が自ら課題を見つけ、解決のアイデアを形にするような挑戦ができる組織だ。「できる人」を増やすのではなく「挑戦できる人」を増やす――。味の素の取り組みは、AI時代の人材育成の方向性の一つを示しているといえそうだ。

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