JR北海道、5路線廃線の先に残る「赤字ローカル8路線」 誰が支えるのか(3/3 ページ)

» 2026年07月01日 07時30分 公開
[土屋武之ITmedia]
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経営環境の悪化への対応が遅れた?

 北海道のローカル線が苦境に陥った背景には地域産業の大きな変化がある。

 北海道庁の「北海道データブック2025」によると、道内の産業は全国と比べて農林水産業などの第1次産業や、サービス業などの第3次産業の割合が高い一方、製造業や建設業などの第2次産業の割合は低い。特に、かつて北海道経済を支えた石炭産業は、1950〜60年代をピークに急速に衰退した。

 その影響を最も受けたのが鉄道だった。1970年前後、国のエネルギー政策が石炭から石油へ転換すると、炭鉱が次々と閉山。石炭輸送を担っていた北海道内の私鉄は、荷主を失い、沿線人口も減少したため、多くが早い段階で廃止された。

釧路駅に記念として展示されている石炭(画像:筆者撮影)

 一方、国鉄の路線はすぐには廃止されなかった。国が運営する公共交通機関だったため、不採算になっても簡単には撤退できなかったからだ。その結果、鉄道が残ったことで、炭鉱の閉山で人口が減少した地域の衰退を、ある程度緩やかにしたという見方もできる。

 実際、1968年には国鉄の赤字路線を整理する「赤字83線」が提言されたものの、本格的な廃止には至らなかった。その後、「特定地方交通線」の制度が整備され、ようやく不採算路線の整理が進んだが、国鉄は公共交通としての役割を担っていたため、経営環境の変化に迅速に対応することは難しかった。

 現在のJR北海道は民営化された会社だが、独立行政法人「鉄道建設・運輸施設整備支援機構」が株式を100%保有しており、国との関わりは今も深い。人口減少が続く中で、鉄道を残すのか、それともバスなど別の交通手段へ転換するのか。地域の実情に応じた公的な関与のあり方が、あらためて問われている。

著者紹介:土屋武之(つちや・たけゆき)

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1965年、大阪府豊中市生まれ。鉄道ライター。鉄道系WEB雑誌『T's Express』編集長。幼少時より鉄道に興味を抱く。大阪大学では演劇学を専攻し劇作家・評論家の山崎正和氏に師事。芸術や評論を学ぶ。出版社勤務を経て1997年にフリーライターとして独立。2004年頃から鉄道を専門とするようになり、社会派鉄道雑誌『鉄道ジャーナル』のメイン記事を毎号担当するなど、社会の公器としての鉄道を幅広く見つめ続けている。主な著書は『鉄路の行間』(幻戯書房)、『新きっぷのルール ハンドブック』(実業之日本社)など。


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