創作の楽しさは「評価されること」や「クオリティーを追求すること」だけではありません。創作には、大きく分けると以下のような楽しさがあります。
ゲーム開発者は、こうしたさまざまな楽しさのうち、どこに重きを置くかを考えながらゲームを設計しています。ヒット作品を例に具体的な違いを見ていきましょう。
まずは、少し昔の作品『おいでよ どうぶつの森』です。こちらは、ニンテンドーDSのソフトです。
発売された2005年当時は、現在ほどSNSが普及しておらず、ゲーム内の創作要素も服などのアイテムが中心でした。
そのため、多くのプレイヤーは友人などの身近なコミュニティ、あるいは自分自身で楽しみながら、部屋やアバターを装飾して遊んでいました。
理想の部屋や村を目指して試行錯誤する過程そのものが、この作品の大きな楽しさだったといえるでしょう。
その後、SNSが普及すると、創作の楽しみ方にも変化が生まれます。
『あつ森』では、自分の島をSNSで公開し、多くの人から反応をもらえるようになりました。また、他のプレイヤーのアイデアを参考にしたり、デザインをまねしたりと、創作を通じたコミュニケーションも盛んになります。
任天堂の『うごくメモ帳』も同じです。ニンテンドーDS向けに配信された、手描きアニメーションを制作・投稿できるソフトで、多くのユーザーが作品を公開して交流していました。
筆者自身、とても好きなサービスでした。作品を投稿したり、上手な人の作品を見てまねしたりするだけでも十分に楽しかった記憶があります。必ずしも上手に作れる必要はなく、「作ってみること」そのものが創作の入り口になっていました。
トモコレは、プレイヤーが作ったキャラクターが島の中で勝手に生活し、他のキャラクターと友達になったり、遊んだりする様子を見守るゲームです。
ここで特徴的なのは、作品を作った後、その振る舞いをゲーム側に委ねる点です。
一般的に、自分の創作物を手放すと、意図しない動きをしたり、思わぬ解釈をされたりするリスクがあります。一方、トモコレでは、キャラクター同士が思いがけず仲良くなったり、予想外のイベントが起きたりと、ゲーム側が設計した「偶然」を楽しめるようになっています。ただし、その偶然を完全に運任せにしているわけではありません。
例えば、住民のアバター同士を近づければ仲良くなりやすくなるなど、プレイヤー側が完全に操作することはできないものの、ある程度は望む方向へ導くことができます。「何が起こるかは分からない。それでも、少しだけ未来に介入できる」というバランス感がトモコレならではの楽しさにつながっています。
ここまで紹介した作品は、それぞれ異なる「創作の楽しさ」を提供しています。一方、ぽこポケは少しアプローチが異なります。「どんな楽しさを提供するか」だけではなく、より多くのプレイヤーが創作を始めやすくする工夫を施しています。
ぽこポケは、箱庭を自由に作るだけではなく、「ポケモンが暮らしやすい街を作ること」が目的になっています。
ゲームにはポケモンの「住み心地」という概念があり、それがプレイヤーの評価にもつながります。そのため、プレイヤーは「うまく作りたい」という創作のクオリティー以外に、「ポケモンが喜ぶ街にしよう」という動機でも創作を進めることになります。
実際、ポケモンたちは住み心地に対する反応を見せてくれます。「ポケモンが快適に暮らせる街かどうか」という新たな評価軸が加わることで、「きれいな街を作る」以外の目的が生まれます。その結果、「良い作品を作らなければ」というプレッシャーが和らぎ、創作のハードルを下げる上手な設計になっています。
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