前述の4段階を踏まえ、企業として実務上「どこまでを許容し、どこから介入すべきか」の判断基準をより詳細に定義します。全てを問題視して「もっと熱意を持て」「主体性を発揮しろ」と精神論で発破をかけることは、多くの場合、逆効果になり得ます。
次の3つの条件を全て満たしている場合、会社はその従業員に「静かな退職」というネガティブなラベルを貼って無理に矯正する必要はありません。
第1に、本人に求められる成果が明確であり、品質や納期、顧客への影響に問題がないことです。定型業務、インフラ運用保守、店舗オペレーション、物流、バックオフィス部門などにおいては「決められたプロセスを、決められた通りに正確にこなす従業員」の存在が事業継続に不可欠です。前述のマイナビの調査でも、企業側がこのような働き方を一部容認する理由として「決められたことをきちんとこなせる従業員も一定数いないと経営が成り立たない」という現実的な声が挙げられています。組織の全員が熱狂的な変革リーダーである必要はないのです。
第2に、チームの義務、いわば組織を維持するための「基礎代謝」を果たしていることです。「自分の仕事しかやらない」というスタンスであっても、業務上不可欠な「報連相」、休暇や異動時の「引き継ぎ」、障害発生時の適切な「エスカレーション」、属人化を防ぐ「ナレッジ共有」、そして同僚への「最低限の協力」を果たしているかどうかが境界線になります。これらを放棄していない限り、チームの一員として必要な最低限の責任は果たしていると考えられます。
第3に、本人のキャリア選択が明示的かつ対話されていることです。「管理職への昇進は望まないが、専門業務はプロとして安定して担う」「育児・介護期間中であるため、数年間は拡張的な役割をセーブしたい」「副業や大学院での学業と両立したい」といった本人の希望が上司とオープンに対話され、合意されていれば、会社はその従業員を「意欲の低い問題児」ではなく「異なる働き方や貢献の形を選択した人材」として正当に扱うことができます。
一方で、組織の基盤を内側からむしばむため、直ちに対処しなければならないケースが存在します。
第1に、周囲へのしわ寄せが恒常化している場合です。日本企業は長らく、職務定義が曖昧なメンバーシップ型雇用を前提としてきました。従来型の正社員は「特定の職務に就く」というより「会社のメンバーになる」色彩が強く、人事部主導の異動や年齢・勤続に依存する賃金制度が特徴です。この構造下では、業務の多くが同僚同士のカバーや阿吽(あうん)の呼吸に依存しています。
そのため、一人が「ここから先は私の仕事ではない」と一方的に線を引くと、明文化されていない“浮いた業務”が責任感の強い優秀な社員に流れ込みます。結果として責任感の強い社員が疲弊し、彼らまでもが離職してしまうという二次被害を引き起こします。
第2に、改善・学習・技術適応が完全に止まる場合です。足元のルーティン業務が回っていても、業務プロセスの改善、生成AIなどの新技術のキャッチアップ、顧客ニーズの変化への適応、後継者の育成がストップしてしまうと、半年から数年後に組織の競争力低下につながる可能性があります。
第3に、本人が燃え尽き(バーンアウト)やメンタル不調の兆候を示している場合です。静かな退職が「自分を守るための戦略的な境界設定」であれば尊重すべきですが、疲弊、無力感、シニシズム(冷笑主義)、自己効力感の低下に陥っている場合は非常に危険です。
不満はある、でもサボれない――「静かな退職」と「手を抜けない人」 働く意識の二極化
社員はこうして“あきらめる” 「静かな退職」に潜む2つの顔
「給料分しか働きたくない」と言う、“静かな退職者”の大きな誤解Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
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