本が売れないなら「全ページ無料で読ませる」 元新潮社の編集者がU-NEXTで模索する、新たな稼ぎ方(3/4 ページ)

» 2026年09月01日 05時30分 公開
[米倉志保ITmedia]

「稼ぐための部門」なのに、なぜ無料なのか

 近年の物価高で、1000円を超える文庫本も珍しくなくなり、気軽に本を手に取りにくくなっている。こうした中、文学茶釜では掲載作品の全てを無料で公開する。小説に触れる人の数を増やすためだ。

 「人の目に触れていないものは、発展しようがありません。小説を読む人自体を増やすには、無料にするしかないだろうなと考えました」(鶴我氏)

『アワーミュージック』金原ひとみ(出所:文学茶釜公式Webサイト、以下同)

 無料公開は、書籍化に向けた入り口でもある。文学茶釜に掲載する長編小説は、書籍化を前提に企画する。「紙の本が売れない」とされる時代ではあるものの、依然として「本を開き、ページをめくって読む」という紙の体裁でなければ、作品をヒットさせるのは難しいという。

 まずはWeb上で無料公開し、読者の感想をSNSで見かけて「なんとなく気になっている」という人を増やす。その後、書籍化のタイミングでWeb上の公開を終了する。書店で「そういえば、あの時話題になっていた小説か」と思い出してもらい、装丁や本の佇まいに魅力を感じてもらうことで、購入につなげる狙いだ。

 出版ビジネスは「1人の天才や、1つの名作の誕生によって全てがオセロのようにひっくり返る」ギャンブルに近い側面を持っているという。その確率を少しでも上げるためには、作品を量産して発表できるオープンな場所が必要だった。

 紙の文芸誌の読者層は50〜60代の男性が中心だ。一方、文学茶釜では詳しい年齢層は分析できていないものの、コメントやSNSの反応を見ると、紙よりも若い世代にアプローチできている手ごたえを感じているという。

 書籍化だけでなく、二次利用にも力を入れる。現在、文学作品の二次利用として多いのが、映像化や海外での翻訳出版だ。映像化について、鶴我氏は「掲載された作品を社内のプロデューサーが気に入ってくれて、映像化してもらえたらとてもうれしいです」と話す。作家から「映像化を前提とした作品に取り組みたい」という声も寄せられているという。

『消息 I don't take selfies.』小袋成彬

 翻訳出版にも、Webならではのメリットがある。紙の書籍と異なり、Web上で公開すれば、世界中からアクセスできる。実際、九段理江氏の小説『海(The Internet)』では、公開初日に英語のコメントが2件投稿された。海外の作家に新作の執筆を直接依頼し、原文と日本語訳を同時に掲載する取り組みも検討している。文学茶釜が、海外の出版社の編集者に日本の作品を知ってもらう場になることも期待している。

 海外では、作家の朗読会やトークショーなど、イベントを通じて収益を得るケースも多いという。Webならではのコミュニティーをつくり、作品や作家との接点を広げることにも可能性があると考えている。

 鶴我氏は「資材の価格がこれだけ高騰している中、紙の本をいつまで出せるのかという不安はあります。いつか『Webに頼っていくしかない』という時代が来たとき、真っ先に思い出してもらえるサイトであってほしいです」と語った。

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