「それ、うまくいかないよ」――“ベテランの壁”だった開発者の態度を一変させた、新人の工夫が参考になる

» 2026年09月10日 12時00分 公開
[荒岡瑛一郎ITmedia]

 「新人が新しい提案をしても、ベテラン開発者が『あまりそういうことはしない』『経験上、それはうまくいかない』と却下して、実際に試すところまでいかない」――ビジネス現場における課題をこう吐露したのは、電子部品向け高機能性材料メーカーの巴川コーポレーション(東京都中央区)だ。

 同社は、新素材の開発を高速化するためにAIを導入。新人でもベテラン開発者に近い考察が可能になったが、AIが算出した結果を巡って冒頭の課題が生まれてしまったという。

 AIが導いた仮説が、大きく間違っているわけではない。しかし、長年培ってきた経験や成功体験が、AIの提案を受け入れるハードルになっている――こうした課題を抱えている企業は多いはずだ。

 この課題に直面した巴川コーポレーションの新人は、AIが出したデータの「見せ方」を工夫して、ベテラン開発者を納得させることに成功。ベテラン開発者が新人の提案を高く評価して、社内の技術賞に推薦し、新人が受賞に至ったという。その新人がこらした工夫は、ちょっとしたものだった。

photo 巴川コーポレーションの取り組みを説明した、同社 開発本部 技術研究所 所長の阿部一智氏(編集部撮影)

本記事は、日立製作所が主催したイベント「Hitachi Social Innovation Forum 2026 JAPAN」(9月3〜4日開催)の講演セッション「高機能材料における「PROACCELA」×製造×計測でデータを価値に変える」を取材したもの。


「それ、うまくいかないよ」――“ベテランの壁”を変えた工夫とは

 巴川コーポレーションは、半導体チップをフレームに固定するテープや段ボールなどの梱包(こんぽう)に使う紙テープ、複写機のトナー、クレジットカードの受託製造などを手掛けている。これらの事業に欠かせないのが、強度や導電性など従来の素材よりも優れた性能を持つ「高機能性材料」だ。

 同社は、顧客ニーズに合わせた高機能性素材を少量・多品種で開発し、製品化につなげている。研究開発においては、付加価値が高い製品を素早く市場に投入することが求められる。そこで開発エンジニアを増員した同社だったが、一人前に育成するには数年かかってしまい、市場の変化に対応できなかったという。

 個人のスキルに依存せずに開発を高速化するため、同社はAIで新素材や新材料を探索する手法「マテリアルインフォマティクス」(MI)を用いたツールの導入を決めた。日立ハイテクが提供するMIツール「PROACCELA」を採用。巴川コーポレーションの阿部一智氏(開発本部 技術研究所 所長)は「専門知識がない新人開発者にPROACCELAを活用してもらい、2〜3カ月後にはベテラン開発者と同様の考察ができるようになった」と説明する。

 ある新人は、MIツールを使って素材の配合実験に使う新たな条件を発見した。ベテラン開発者も高く評価し、社内の技術賞を受賞できた。ここに、新人の工夫があったという。

 AIが「良さそうな結論」を導き出したとき、その結論に比重を置いて「この配合が良さそうです。なぜなら○○だからです」と伝えたくなる。しかし、巴川コーポレーションの新人は逆のアプローチを採った。結論ではなく、その根拠となるデータに注目したのだ。

AIが出した「結論」の賢い伝え方

 PROACCELAには、データ解析やシミュレーションを実行し、その結果をビジュアル化する機能がある。新人は「接合力が高い新たな素材の配合」を探索する上で、PROACCELAで配合を予測し、関連するデータを可視化してベテラン開発者に説明した。

 まず、材料開発に関係する変数や条件の関係性を示した「相関マップ」を提示した。下図の左にある赤や青のマス目が並んだ図で、赤色が濃いほど関係性が強い。「新人はこの図を使い『AIが表面的なデータを見ているだけでなく、実験のメカニズムを正確に捉えている」とベテラン開発者に説明しました」(阿部氏)

 次に、製品化した際の接合力に影響を与える条件を、ランキングにして示した。「プレス圧」が大きく影響していることが分かると「ベテラン開発者も長年の経験から『それは確かに正しい』と理解し、AIの予測モデルが正しいものであると認識しました」(阿部氏)。

photo 新人がベテラン開発者を説得した際の、データの提示例(出所:巴川コーポレーションの投影資料)

 AIの出力結果が正しいという合意を得た上で、最後に、接合力を最大化する条件を提案した。「どのような配合なのか詳細を見ると、ベテラン開発者の観点では『あまりやらない組み合わせ』も含まれていました。しかし、AIの正しさを納得していたため『一回やってみよう』という話になりました」(阿部氏)

 新人が提案した配合を試すと、今まで得られなかったほど高い性能が出たという。ベテラン開発者も「これは良い発見だ」と評価して、技術賞に推薦した。

 阿部氏は「社内での説明時に、計算過程のパラメーターを見せることでベテラン開発者の納得につながり、試作までたどり着けたと考えています」と振り返る。

次なる期待は「“秘伝のタレ”のデジタル化」

 阿部氏は、PROACCELAに期待する機能として「“秘伝のタレ”のデジタル化」を挙げた。社内には「製品化に至らなかったアイデア」「先人たちのナレッジ」が多数存在するが、これらはデジタル化されていない。

 「人づてにデータにたどり着くしかないため、新人はベテラン開発者の顔色をうかがいながら教えてもらうことが多くあります。デジタル化することで、人間に左右されずに過去のナレッジを最大限活用できるAIを目指してほしい」(阿部氏)

 現場にAIを導入しただけでは、ビジネスを変革させることは難しい。社内の摩擦や意思決定プロセスなどは、AI導入だけでは解決できない。巴川コーポレーションの取り組みは、AIを効果的に活用する工夫として参考になりそうだ。

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