「今変わらなければ」 酒屋カクヤス、背水の陣で挑む業態転換 鍵を握る「30年来の基幹システム」刷新の行方

» 2026年07月07日 07時00分 公開
[平 行男ITmedia]

 「酒を運ぶ会社から、運ぶことで稼ぐ会社へ」――創業100年を超える酒類卸のカクヤス(東京都北区)が、ビジネスモデルの変革に挑んでいる。商品の仕入れ額と販売価格の差額で稼ぐモデルから、配車・在庫データを資産として「運ぶこと」自体を商品とするモデルを目指す。

 決意の象徴が社名変更だ。同社の持株会社カクヤスグループは、社名を「ひとまいる」に変えた。「人が届けにまいります」「ラストワンマイルを担う」という意味を込めた。経営陣は「今変わらなければ、変われない」という言葉を掲げたといい、ひとまいる(東京都北区)の石井伸明氏(グループシステムサービス部 特命担当)は、これを「背水の陣」と表現する。

photo カクヤスの配送センターと店舗(出所:2025年5月20日のプレスリリース

 酒類卸から物流業へ。業態転換の足を引っ張ったのが、屋台骨である基幹システムの「老い」だ。30年近く動き続けたシステムは改修を重ねて複雑化。設計書も中身を知る人材も失われ、人手で解析すれば膨大な工数がかかる。動いているから止められず、止められないから誰も触れない。

 「システムを延命して使う」という選択肢もある中、同社は生成AIを活用して基幹システムの全面刷新に乗り出した。石井氏は、単なるシステム刷新ではなく業態転換そのものと位置付ける。果たして、基幹システム刷新の行方は。

本記事は、アマゾン ウェブ サービス ジャパンが主催したイベント「AWS Summit Japan 2026」(6月25〜26日開催)の講演セッションから「創業100年の酒屋カクヤスが挑む、生成AIで実現するシステム革命」を取材したもの。


カクヤス、背水の陣で挑む業態転換 「30年来の基幹システム」刷新の行方

 石井氏は「『動いているシステムは健康だ』とは考えていない」と、刷新の出発点にある認識を示した。

 カクヤスの基幹システムが稼働したのは約30年前。米Microsoftが開発したプログラミング言語「VB.NET」と米Oracleによるデータベースシステムで構築された、酒類卸に最適化されたシステムだった。長く安定して稼働し続けた一方、建て増しを重ねた結果、2025年時点で「触れない」「読めない」「直せない」状態に陥り、保守ベンダーへの依存が常態化していたという。

 基幹システムの刷新に当たり石井氏が直面したのは、30年という歴史の大きさだった。開発フォームは2200画面、データベースは3000テーブル、ストアドプロシージャ(ストアド:業務処理を担うプログラム)は1200本に上った。

 増改築の果てに、今や全体を把握する社員はいない。設計書も失われ、システムを解析しようにも人手で450人月(延べ450人で1カ月分)かかる。現実的な期間での刷新に暗雲が垂れこめる中、タイムリミットは2年後に迫っていた。

 さらに致命的だったのが、システムの検証環境が本番環境と一致しないという事実だ。本番環境は24時間365日止められず、30年分のパッチが層をなす。一方の検証環境は古いままで、外部連携も停止しており、完全なテストができない。石井氏は「これは設定ミスではなく、30年の堆積が生んだ構造的な課題だ」と指摘する。

photo ひとまいるが直面した基幹システムの課題(出所:石井氏の講演資料)

450人月の作業を2カ月で AI駆動開発の成果

 こうした状況を、ひとまいるは「AI駆動開発」と「業務駆動開発」の2本立てで突破した。

 AI駆動開発では、1200本のストアドをAIに読み解かせた。米Anthropicのコーディング支援AIツール「Claude Code」を、米Amazon Web Servicesの生成AI基盤「Amazon Bedrock」で動かした。さらに本番環境をクラウド上に再現し、新旧の挙動を突き合わせる「現新比較」の環境を整えた。これにより、450人月とされた解析作業を、約2カ月で完遂したという。

 業務駆動開発は、AIが読み解いた結果を現場の言葉に翻訳する作業だ。営業・商品・店舗・物流・経理の各部門から人を出し、業務フロー単位で1200本のストアドに意味付けし、必要な機能と不要な機能を仕分けた。「AIだけでも、現場だけでも進まなかった」と石井氏は振り返る。

 その成果は、開発フォームの画面数に表れた。重複や使われていない画面を整理し、2200あった画面を、業務に必要な約800画面へと絞り込んだ。さらに200画面分を業務フローとして再定義した。石井氏は「単なる機能削減ではない」と強調する。物流業として必要な機能だけを選び直す作業だという。

photo 2200画面から800画面に圧縮した(出所:石井氏の講演資料)

AI開発の時代、現場に聞くべき「5W2H」とは

 もっとも、AI活用は平たんではなかったという。石井氏が痛感したのは「AIには癖がある」という現実だ。「AIは何でも覚えている」という前提で取り組み始めたが、実際にはすぐに忘れる。そこで「記憶」を補強。AIに思い出させ続ける仕組みや、参照すべきルールを外部ファイルに置く工夫を重ねた。プロジェクト初期に「AIに任せれば自動で片付くわけではない」という教訓を得た。

 そこで、AIを制御する技術を確立した。AIに作らせるだけでなく、作ったものを説明させて検証させる。AIに役割や経歴を与えて思考の土台を定める。さらに、コードを書かせるためのプロンプトをいきなり作らず、業務要件を基に「プロンプトを生成するためのプロンプト」を作る2段階方式に切り替えた。石井氏は「記憶・ルール・人格・2段階設計こそ、現場の最大の発明だった」と語る。

 ここで浮かび上がるのが、要件定義の重要性だ。AIがコードを書く時代、品質を左右するのは「何を作るかを言語化する工程」に移る。曖昧な依頼では、AIも曖昧な成果物を返す。同社は、現場の依頼を「5W2H」(Who、What、Why、When、Where、How、How much)で構造化し、依頼者に確認すべきことを整理した。

photo 要件定義で確認すべき5W2Hの例(出所:石井氏の講演資料)

覚悟決めた経営層、これから変わる現場 「差」をどうみるか

 石井氏が強調したのは、経営層と現場の「距離」だ。経営層はすでに後戻りできない決断を済ませている。持株会社の社名を変え、物流業への転換を宣言した以上、撤回はできない。一方、基幹システムの刷新は800画面、200業務フローで進行中だ。現場の変化もまだ局所的にしか表れていない。つまり、経営層の覚悟だけが大きく先行している。石井氏はこの差をむしろ推進力と捉え「ズレが大きい間は、改革は加速する」とみる。

 目指す先は、物流データ自体を商品とする組織であり「AIを使う組織から、AIと考える組織へ」の転換だ。石井氏は「変化し続ける覚悟を持った」と述べて「DXは到達点ではない」と続けた。創業100年の老舗が選んだ生成AIによる「転生」は、痛みを伴いながら、まだ始まったばかりである。

photo ひとまいる 石井伸明氏(撮影:平行男)

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