情報過多の現代、顧客の購買行動が変化している。タイパ(タイムパフォーマンス)が重視され、オンラインで製品比較や口コミ確認を済ませるケースが増えた。従来の「待ちの営業」では、顧客の検討プロセスに介入できない可能性がある。
日本を代表する自動車メーカーの本田技研工業も、新車販売の現場で同じ課題に直面していた。顧客が車を買うまでの行動が様変わりし、従来の売り方では「商機の取りこぼし」が生じ始めているのだ。
そこで、購買行動の変化をAIエージェントでフォローすることにした。その開発・導入プロジェクトの中心を担うのが、グループ会社のホンダセールスオペレーションジャパン(埼玉県和光市、以下「HSJ」)である。
同社は、顧客接点となるスマートフォンアプリ「My Honda」にAIエージェントを導入し、車の認知から購入、乗り換えまでの体験を描き直そうとしている。有望顧客の掘り起こしやつなぎ止めに加え、販売現場のやりとりを“濃い商談”にするための下準備にも生かすという。新車販売の現場で何が起きているのか。
本記事は、セールスフォース・ジャパンが主催したイベント「Agentforce World Tour Tokyo」(6月9日開催)の講演セッションから「ホンダが挑む、AIエージェントと描く『新しい顧客体験』」を取材したもの。
HSJが取り組みの背景に挙げたのは、顧客の価値観と人口動態の変化だ。HSJの武藤潤氏(テクノロジー&イノベーションカンパニー LCB企画課 課長)は、4つの変化を指摘した。
こうした変化は、販売現場に3つの課題を突き付ける。検討初期に顧客と接点を持てない「接触機会の損失」、顧客の検討状況を把握しきれない「情報の非対称性」、営業スタッフの減少による「営業リソースの制約」だ。
「お客さまの価値観や行動が変わる中で、リソースには構造的な課題がある。いかに課題をいち早く捉え、理解し、施策を打っていくかが、今回の取り組みの背景だ」と武藤氏は語る。
課題解決の鍵を、HSJはどこに見いだしたのか。武藤氏が示したのは、同社がこれまで蓄積してきた顧客データと車両データに、最新のAI技術を掛け合わせるという発想だった。
HSJは長年にわたり、多くの顧客データと幅広い車両データを蓄積してきた。そこにAIエージェントを導入することで、顧客一人一人を深く正しく理解する。顧客の購買プロセスをAIで支えて、24時間365日のシームレスな検討・購入体験を提供し、それが販売現場の効率化にもつながる、という構図だ。ただし武藤氏は、効率化が目的ではないと強調する。
「営業活動の効率化のための施策ではない。お客さまを理解し、素晴らしい顧客体験、購買体験を提供する。それこそが、お客さまの買う喜び、販売店スタッフの売る喜びを一段上のレベルに引き上げる重要なファクターになる」
顧客接点の中心には、My Hondaアプリがある。同アプリは、趣味コンテンツから購入・検討、保有車の状態確認まで、カーライフ全般のサービスを提供する。HSJの森本圭一氏(同 デジタルマーケティング課 課長)は、ここに顧客向けのAIエージェント「AIカーライフアドバイザー」を追加すると説明した。24時間365日の問い合わせ対応に加え、故障診断の遠隔サポート、最適な乗り換えタイミングの提示、興味に合わせたプロアクティブな情報提供などを担わせる狙いだ。
この取り組みの狙いを、森本氏は2つに整理する。顧客に対して「情報に基づく最適な提案を実現すること」、販売店スタッフに対して「車両販売に集中できる環境を提供すること」だ。My Honda上のAIエージェントと販売店をシームレスにつなぐ点が、今回の特徴だという。
例えば顧客のWeb行動を分析して「アウトドアに関心がある」と分かれば、エージェントがSUV(多目的スポーツ車)を提案する。その情報は販売店にタイムリーに共有され、顧客が来店した時にはニーズに合わせた提案をする。販売店側はニーズを事前に把握できるため、商談をより有意義な時間に変えられる。
注目すべきは、プロジェクト立ち上げからPoC(概念実証)の開始まで3カ月足らずで終わらせたスピード感だ。森本氏は、成功要因として米SalesforceのAIエージェント基盤「Agentforce」の活用を挙げる。
「Agentforceを使うことで、インフラ設計や構築の時間を短縮し、われわれは顧客の体験価値の提供と設計に全力を注げた。SaaS製品のため、立ち上げ後の技術進化にも追従できる」(森本氏)
「役割分担の明確化」もプロジェクトの高速展開に寄与した。HSJが顧客ニーズの調査とビジネス企画に集中し、セールスフォース・ジャパンが伴走しながら技術開発と実装を担った。この分担により、まず課題定義と企画を進め、設計やデータ接続を経て、3カ月でPoC開始にこぎ着けた。
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