造り手は増えるも……日本ワインの課題にどう立ち向かう?:日本ワイン 140年の真価(1/6 ページ)
活況を呈している日本ワイン。その一方で、これまでなかったような課題も出てきている。シャトー・メルシャンのチーフ・ワインメーカーを務める安蔵光弘氏に、日本のワイナリーが直面する課題や、これからの日本ワインのことなどをインタビューした。
日本でワイン造りが本格的に始まってから140年。今では全国に270ものワイナリーが存在し、生産量も年々増加するなど活況だ。
その一方で、これまでなかったような課題も出てきた。日本のワイン業界を長年リードしてきたシャトー・メルシャンでチーフ・ワインメーカーを務める安蔵光弘氏に、日本のワイナリーが現在直面している課題や、シャトー・メルシャンのワイン造りのイノベーション、これからの日本ワインのことなどを聞いた。
甘口ワインをやめた理由
――まずは、チーフ・ワインメーカーの役割について教えてください。
シャトー・メルシャンにおいてブドウ栽培からワイン醸造、瓶詰めまでワインに関するすべての責任を担うのがチーフ・ワインメーカーです。この呼称は対外的なもので、工場内では製造部長のことです。製造部には製造課と栽培課があって、それを取りまとめています。
――シャトー・メルシャンでの年間製造量は?
基本的に赤ワインは2年間、白ワインは1年間熟成させているので、年にどれだけ造っているとは一概に言えませんが、ブドウを使用する量が毎年650トン前後、これはワイン約60万本に相当します。
――この量は増えているのですか?
この4〜5年で言えば、少しずつ増えています。ただ、10〜15年前から比べると3分の1くらいになっています。私が会社に入った95年ごろには1500〜2000トンのブドウを使っていました。
昔はデラウエアやコンコード、ナイアガラという生食のブドウも使って甘口のワイン、入門用のワインをかなり作っていましたが、そういうことを7〜8年前にすべてやめて、なるべく醸造専用ワインを主体にやろうと決めました。今は甲州、マスカット・ベリーA以外は、基本的にメルロー、シャルドネ、カベルネ・ソーヴィニヨンといった醸造専用のブドウ品種でワインを造っています。
以前は100キロリットルのタンクで仕込みを行っていましたが、現在は最も大きい発酵用タンクが15キロリットルくらい。小さいものでは1000リットルです。ブドウ畑単位で品質の高いワインを仕込むという方法に変えたため、小さいタンクをより活用しているのです。
――がらりと戦略を変えた理由は?
当時、日本ワインは曲がり角でした。今でこそ日本ワインは注目されていますが、そのころは日本ワインという言葉すらなく、国産ワインと呼ばれていました。これからのビジネス拡大に向けてシャトー・メルシャンの設備に投資するとなったとき、以前のままの規模でワイナリーをリニューアルするか、コアな部分だけに絞り込んでリニューアルするかという選択肢がありました。そこで甘口ワインのようなものはやめて、こだわりの強い日本ワインに特化することに決めたのです。生産規模を小さくして、リニューアルしたわけです。
――このままだと日本ワインそのものに危機を感じたということでしょうか?
それまでもエッジの立った日本ワインは造っていましたが、生産量全体のごく一部でした。そこを切り出して、それだけに特化したのです。明確に方針を変えることで、シャトー・メルシャンは日本ワインに集中していくのだという意識が社員の中でも強まりました。
――そうした方向に舵を切ったことで、以前とは異なる造り方、あるいは技術革新がありましたか?
昨今は醸造よりも栽培の方でイノベーションがあります。20年ほど前はメルローと言うと、塩尻(長野県)に昔からあるメルローと、塩尻に最近入ってきたメルローという2種類くらいの区別でした。ところが10年くらい前から、クローンという概念を導入しました。クローンとは種から育成せずに、既にあるブドウを接ぎ木するなどして栽培することで、フランスや米国では当たり前のように行われています。例えば、メルローだったら「181」や「343」という番号が高品質なクローンで、そういうものが日本でも手に入るようになってきたので、それらを意識して畑に植えるようになりました。
新しい畑は優秀なクローンの苗木が多いので、良いワインになる気がします。メルローは比較的それができていますが、シャルドネはクローンを使うようになる前から契約農家などの畑に数多くの苗木を植えてしまったので、今後クローンを使っていきたいと考えています。
関連記事
- メルシャンが独自技術をライバルに教える理由
ワインメーカー大手のメルシャンの特徴は「オープン性」だ。画期的な取り組みをしたかと思えば、そこで得た知見や技術などをほかのワイナリーにも惜しみなく伝える。なぜそうしたことをするのだろうか。 - 急成長中の日本ワイン 礎を築いた先駆者たちの挑戦
日本で本格的なワイン造りが始まってから140年。いまや急成長を続ける「日本ワイン」はいかにして生まれ、発展してきたのだろうか。先人たちの苦闘と挑戦の歴史を追った。 - 星野リゾート「リゾナーレ八ヶ岳」の成長が止まらない理由
2001年、ホテル・旅館の運営会社として星野リゾートが手掛けた第1号案件が、山梨県にある「リゾナーレ八ヶ岳」だ。運営開始から3年後に黒字化、現在の売上高は40億円を超える。その好業績の裏側に迫った。 - 22年間で487倍に! 「安さ」だけではない、チリワイン輸入量急増のわけ
長らく首位を守り続けてきたフランスの牙城がついに崩れた。2015年のスティルワイン年間輸入数量でチリがフランスを抜きトップに躍り出たのだ。その急成長の理由とは――。 - 地ビールブームから一転、8年連続赤字で“地獄”を見たヤッホーブルーイング
現在、11年連続で増収増益、直近4年間の売り上げの伸びは前年比30〜40%増と、国内クラフトビール業界でダントツ1位に立つヤッホーブルーイング。しかしここまではいばらの道だった……。井手直行社長が自身の言葉で苦闘の日々を語る。 - 世界が注目する東北の小さな町のイチゴ革命
東日本大震災によって大きな被害があった宮城県山元町。この地で作られているイチゴが今、国内外から注目を集めている。「ミガキイチゴ」という商品ブランドを立ち上げた岩佐大輝さんの挑戦に迫る。 - 業績回復に導いた、オリオンビールの徹底したブランド戦略とは?
今年に入って初の海外拠点を設立するなど、今では沖縄以外でも手軽に飲めるようになったオリオンビール。売り上げを伸ばし続ける裏側には徹底的なブランド戦略があった。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.