2018年、鉄道の営業力が試される:杉山淳一の「週刊鉄道経済」2018年新春特別編(4/5 ページ)
「企業として、需要があるところに供給する。そういう当たり前のことを、鉄道事業者はやってこなかったのではないか」。つい先日、ある第三セクター鉄道の社長さんに聞いた言葉だ。小林一三イズムが落ち着き、人口が減少傾向にある中で、鉄道の営業努力が試される。2018年は、そんな時代になると思う。
国鉄の営業施策「エル特急」
国鉄が始めた「ホームライナー」はどうかというと、これはもともと少子化とは関係なかった。東京、上野、新宿というターミナルから、午前6時、7時、8時という時刻で特急を発車させるためには、通勤時間帯に車庫からターミナルへ車両を回送する必要がある。しかし通勤時間帯の回送列車はもったいない。そこで、特急の回送車両で乗客を運ぶために作られた列車が「ホームライナー」だった。国鉄は不動産業を制限されていたから、沿線の価値を向上しても意味がない。むしろ、赤字体質の批判をかわすための増収策だった。
国鉄の営業活動といえば「エル特急」だ。新幹線の延伸、高度経済成長による大手企業の地方拠点増加を背景に、全国で特急を走らせた。それまで特急といえば超高級な列車だった。空調完備、展望設備、食堂車付きなどのサービス満載。飛行機で言うところのビジネスクラスだ。それに対して「エル特急」は自由席車両を連結し、付帯サービスは簡素に。運行頻度は高めに設定した。いまの飛行機で言うところのLCCである。
「エル特急」はしたたかな営業戦略といえる。東海道新幹線開業以来、国鉄の累積赤字が問題となっていた。国鉄としては長らく据え置いた「運賃」を値上げしたい。しかし、政府は運賃改定を許さなかった。しかし、政府の稟議(りんぎ)を通さず増収できる方法があった。急行券、特急券などの「料金」だ。そこで国鉄は、当時の庶民の指定席だった急行列車を特急に格上げし、急行券ではなく特急券を売る。実質的に値上げして増収を図った。
国鉄はエル特急を周知するため、「数自慢、キッカリ発車、自由席」というキャッチフレーズを作り、大々的に宣伝した。国鉄が「乗ってください」と営業活動をした。窓口の職員が横柄で「親方日の丸」と呼ばれた国鉄が生まれ変わった。
そのエル特急の愛称が18年3月のダイヤ改正でついに消える。最後まで使用していたJR東海が、いままで「しなの」「ひだ」「しらさぎ」に付けていた「エル特急」の呼称を外す。国鉄の営業活動の名残も消えていく。しかし、いまのJRグループには営業活動がきちんと根付いている。もう「エル特急」というシンボルはいらない。
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