近鉄のフリーゲージトレインは「第2の名阪特急」になる?:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(2/6 ページ)
長崎新幹線のフリーゲージトレイン(軌間可変列車)採用は消えたが、近鉄が開発に積極的な姿勢を見せている。新幹線でなくても、この技術は役に立つ。なぜかというと……
フリーゲージトレインはダメじゃない
ところで、フリーゲージトレインを強力に後押しする勢力は、国土交通省でもJRでもなく、財務省だ。財務省としては、全国にこれ以上新幹線を建設するなど無駄遣いだ。フリーゲージトレインがあれば、既存の新幹線と在来線を乗り換えなしで接続できる。日本の高速鉄道網を低コストで構築できると考えた。だからフリーゲージトレインの開発予算設定は前向きだ。
もっとも、開発期間の延長は誤算だっただろう。すでに500億円に達する予算を使いつつ、実用化は遠い。技術的にはクリアした。しかし、部品の交換頻度の高さなど運用コストの問題、重量増による運行線区限定などの制約が解決できていない。このまま開発を続ければ、その費用でミニ新幹線を作れたではないか、という金額になる恐れもある。
それでは、フリーゲージトレインはダメな技術かといえば、そんなことはない。欧州の軌間が異なる国を結ぶ列車、アジアと欧州を結ぶ列車では実用化されている。海外でできることが、なぜ日本でできないか。答えはとても単純だ。新幹線の運用方法と相性が悪いからだ。つまり、「日本では」ではなく、「新幹線では」できない、となる。
欧州で採用されているフリーゲージトレインと日本が新幹線で目指すフリーゲージトレインの違いは、台車の構造にある。欧州のフリーゲージトレインは機関車と客車で構成されている。機関車は車体にモーターを搭載し、動力をドライブシャフトで車軸に伝える。台車の構造は簡素だ。客車に至っては車軸すらない。左右の車輪が独立しており、軌間に合わせて左右にスライドさせるだけだ。外観は機関車と客車が一体的なデザインで、新幹線と変わらないように見えるけれども、実は両端が機関車、中間車は客車だ。
新幹線は電車方式にこだわり、全ての客車にモーターを搭載している。その上で車体の軽量化に取り組み、重量の大きな機関車を使わない。客車にモーターを搭載するというのは、実際には台車に小型で高性能なモーターを組み込んでいる。欧州の軌間は標準軌(1435ミリ)や広軌(1435ミリより大きい)だから、台車の枠も大きい。日本は標準軌と狭軌(1067ミリ)だから、台車の大きさに限界がある。モーターを積むだけでも複雑になってしまうのに、軌間可変装置まで組み込むことになると、かなり複雑だ。
ただし、私は新幹線のフリーゲージ台車は、そのうちに実現すると思う。フリーゲージトレインの開発に参加した川崎重工は、炭素繊維強化プラスチックを使った軽量台車「efWING(イーエフウィング)」の実用化に成功している。川崎重工は新幹線の鋼製台車で亀裂を起こして信頼を失ってしまったけれども、efWINGの高速車両への対応が実現すればチャンスがある。モーターだってもっと小さく、パワフルになるだろう。しかし、やっぱりこれは「そのうちに」だ。今のところは絵空事で、これをアテにして事業プランを進めてはいけない。
つまり、結論として、現状ではフリーゲージと新幹線の相性は悪い。でも可能性はないわけではないから、高速電車向けのフリーゲージトレインの開発は続けるべきだ。ただし、それを待っていられないのが長崎新幹線である。
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