働き方改革で“消えた”残業代はどこへ? 真にやるべきことは「効率化」「コスト圧縮」ではない:利益成長する「生産性向上」のためにやるべきこと(3/4 ページ)
続々と進む「働き方改革」。2019年4月の関連法施行もあり、現場では効率化が進み残業時間も削減傾向にある。一方で、浮いた残業代はいったいどこへいっているのか。また、経営陣は人件費をどのように配分すればよいのか。企業アナリストの大関暁夫氏が解説する。
単なる「時短」にとどまらないために
ただ、ここで確認しておきたいのは、「働き方改革」とは単なる残業時間の削減や時短勤務の実現ではない、ということです。そもそも「働き方改革」は、日本特有の問題を解決に向かわせ、経済の絶え間ない発展を作り出すために「労働生産性の向上」を図ろうというのが趣旨です。日本特有の問題とは、少子化、すなわち生産年齢人口(15〜64歳)の減少による「ヒト・モノ・カネ・情報」における「ヒト」の不足が深刻化しつつあること。また、その解消をしたくとも欧米に比べ残業が習慣化しており、主婦などの「働きたくても働けない」人たちを作り出している長時間労働が当たり前になっている現状があります。
では「労働生産性の向上」とはどういうことか。一般的な解釈はいくつかありますが、今回の「働き方改革」の考え方に沿って言えば、「労働時間を短縮しても同じ量以上の生産成果を作り出せるようにする」と定義できるでしょう。つまり、労働時間を短縮しても従来以上の利益が生まれているなら問題なし。逆に利益が減ってしまったのでは「働き方改革」的には、せっかく残業時間の削減をしても意味がない、ということです。
ちなみに先のSCSK、三菱地所プロパティマネジメントは、残業時間の削減を実現する一方で、その間も利益は右肩上がりに上昇させることに成功しています。残業時間の削減を断行しつつも社員のモチベーションを下げない工夫がいかに重要であるかが、よく分かると思います。
「直接的」ではない還元方法
しかし必ずしもこの2社のように、残業時間の削減で得られたコストの直接的な社員報酬への還元が「労働生産性の向上」に結びつくとは限りません。そこには企業文化や企業のサイズの問題も関係があるでしょう。多くの大企業ではこの点を勘案して、段階的な削減したコストの還元を図っていく方法を選択しているようです。
具体的には、浮いたコストを直接的に給与や賞与で還元するのではなく、まずは従業員に対する投資に回し、その投資効果として企業の収益が上がった段階で給与アップなどの形で社員に還元しよう、という考え方です。すなわち、まずは「人材投資」にコストを向けるという還元策です。
例えば、大和証券グループ(東京都千代田区)は、従来の研修プログラムに加えて、300種類を超えるeラーニングを含めた選択型の研修制度の増設や、70種類以上の資格取得にかかる費用補助などの充実を図っています。まず企業競争力を高めることで収益を増強させ、継続的に成長できる環境を整えてから、従業員に還元するという考え方でコストの活用に動いているわけです。
さらに、スポーツ用品製造のアシックスでは、残業時間の削減で浮いたコストで外部講師を招いた社内アカデミーを開講。若手〜中堅社員を中心として経営戦略、財務やマーケティングを学ぶ機会をつくっています。社員の基礎知識の底上げをすることで社内イノベーション力の向上につなげる、という考え方で社員のモチベーションを鼓舞しています。
一味変わったところでは、サントリーホールディングスが生産性を左右するものとして「社員の健康」に着目。健康診断の受診や1日の歩数などに応じてポイントを付与しているそうです。付与されたポイントは健康食品などと交換できるようにして、社員への還元を実行している形です。
日本経済新聞による大手企業を対象とした人材投資に関する「スマートワーク経営調査」では、20年度投資計画における「人材」に関する額は、「働き方改革」取り組み開始直後の17年度比で全業種平均12.3%増える見通しであるという結果も出ています。このように、残業時間の削減で浮いたコストの直接的な社員還元はなくとも、何らかの形で人材へ積極的に還元するという動きは大企業では常識になりつつあるとも言ってもいいようです。
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