【解説】バーティカルSaaS 国内でも盛り上がりの兆し(4/5 ページ)
最近、注目を集めている“バーティカルSaaS"という言葉を聞いたことがあるだろうか。業界を問わず利用されるクラウド型のシステムは、部署や部門の課題を水平的にカバーすることから“ホリゾンタルSaaS"と呼ばれている。一方「建設」や「不動産」など、特定の業界に根付いた課題を解決するシステムは、垂直を意味する“バーティカルSaaS"と呼ばれ、徐々に認知が広まってきている。
なぜ今バーティカルSaaSなのか?
では、なぜ「今」バーティカルSaaSに注目が集まっているのだろうか。
これまでバーティカルSaaSは、ホリゾンタルSaaSに比べ顧客対象となる企業数が限定されることから市場性の小ささが指摘されていた。
またIT化が十分になされていないレガシー業界においては、紙やFAXなどのアナログツールが業務の主流であることや、高齢化しつつある就業者のITリテラシーから、システム利用難易度の高さが懸念されていた。
そのような状況から、ホリゾンタルSaaSの後じんを拝してきたバーティカルSaaSだが、日本でもその向きが変わりつつある。
特徴的な3つのポイントを紹介する。
「ユーザー」— 労働力不足の解消
国内人口の減少や就業者の高齢化に伴い、各業界における労働力不足解消が喫緊の課題となりつつある。建設業においては就業者数が1997年のピーク時から27%減少(2017年度末)、介護業界などでは職員自体は増加しているものの、高齢者人口の伸びに追いつかないケースも増えているなど、各業界における人手不足は深刻だ。
一方で、このような業界においては紙による情報のやりとりや、行政手続きに関する書類の提出など、提供サービスに対する間接労働に、今なお1日に2〜3時間を要することは珍しくない。単なる仕事の効率化にとどまらず、事業存続を左右し兼ねない労働力不足解消という強いニーズが、SaaS導入検討のきっかけとなっている。
法改正—強制力が呼び水に
上述の労働力不足解消とも関わりがあるが、法改正がバーティカルSaaS普及の後押しとなっているケースが出始めている。
例えば、調剤薬局の業界では19年に公布された改正薬機法が大きな転機となった。この法改正では、薬剤師の薬局外での患者フォローが義務化されている。電話などで全患者のフォローが難しいことから、薬局にSaaS型基幹システムを提供するスタートアップ企業カケハシは、患者の服薬状況からフォローが必要な患者を検知するアプリ「Pocket Musubi」を提供し、薬局の業務効率化を支援している。
この他にも「医師の働き方改革」に関する法律が成立し、24年度から勤務医の残業規定が適用されることから、医療系スタートアップContreaは患者とのコミュニケーションを円滑にするSaaS型コミュニケーションシステム「MediOS」を提供している。このように、各業界において法改正が一定の強制力をもってSaaS導入のニーズを生み出している様子が見受けられる。
海外投資家—タイムマシン投資
冒頭に述べた通り、米国などでは規模の大きなバーティカルSaaSの上場が幾例も出ており、発展途上の日本においては“タイムマシン投資"を狙う海外投資家の存在が増している。
スパイダープラスの伊藤謙自社長も、「国内投資家よりも海外機関投資家からの注目度の高さを感じている」とインタビューにコメントしており、既に成功パターンを体感した投資家が、空白の大きい日本市場への興味を強めている。
投資対象は上場企業のみならず、未上場のスタートアップにも及んでいる。ANDPADは直近の資金調達でMinerva Growth Partnersをリード投資家とし、Sequoia Capital Chinaなどのグローバル投資家から資金を集めた。
このようにバーティカルSaaS企業に対する意欲的な投資が未上場時やIPOでの資金調達を底上げしており、新たなバーティカルSaaSスタートアップを生み出す循環を生みつつある。
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