宇野昌磨選手と“りくりゅう”ペアの足元支えた国産ブレード 創業95年の老舗メーカーが挑んだ初五輪:開発着手から9年、メダル獲得に貢献(2/4 ページ)
メダルラッシュとなったフィギュアスケートで、宇野選手と“りくりゅう”ペアが着用したスケート靴のブレードは、愛知県内のメーカーが手掛けた国産品。従来の海外製ブレードよりも耐久性が強く、選手からは高い評価を得ている。開発の経緯などを聞いた。
10キロの塊から削り出す国産ブレード
これに対し、山一ハガネ製のブレードは、製造方法に大きな特徴がある。10キロの特殊鋼の塊から、約270グラムのブレードを削り出すという手法だ。取り付け金具と一体化しているため、耐久性が高く「大体1〜2年は使える」(石川マネジャー)という。専用の機械に、データを入力し自動で削り出すことから、個体差も生じない。
「同じことやっても今の市販品と差別化できない。得意としている削り出しで選手が困っていることを解決しよう」(石川マネジャー)
ジャンプが進化する一方、大きな変化がなかったために損傷が多かった海外製のブレード。海外メーカーの牙城を崩すべく、新たなアプローチで開発に着手した。2013年初頭のことだった。
きっかけはバンクーバー五輪代表・小塚崇彦さん
特殊鋼を扱うメーカーがいかにして、フィギュアスケート向けのブレードを手掛けることになったのだろうか。
開発着手から遡ること、約1年。きっかけは小塚崇彦さんとの出会いだった。小塚さんは全日本選手権優勝や国際大会でもメダルを獲得した経歴を持ち、10年のバンクーバー五輪にも出場した名スケーター。同社の会計士の親族が小塚選手と面識があり、同社が保有する3D計測器でスケート靴注文時の足型を取ろうと、小塚さん自ら来社した。
当時、小塚さんはイタリアメーカーにスケート靴の製作を依頼していたが、注文する度に渡欧しており、それが負担となっていた。そこで3Dスキャンしたデータを基にアルミ製の足型を作り、イタリアに空輸する方法に切り替えた。
小塚さんの来社時に対応した、同社の寺西基治社長は小塚さんのスケート靴を手に取り、驚いた。靴やブレードの損傷が激しく、ボロボロだったのだ。「スケートのトップ選手がこんな状態の靴を履いて、練習しているのか」(寺西社長)。
寺西社長がヒアリングしたところ、小塚選手は、別部品を溶接しているためブレードの耐久性が低いこと、品質にばらつきがあり自分に合ったものを探すのに苦労していること、ブレードが曲がればそれに合わせて演技しなければならないこと、一部の選手は自分に合わない靴を無理やり履いて活動していることなど、各選手が抱える悩みを丁寧に説明した。
当然のことながら、同社にスケート向けの製品を手掛けた経験はない。トップ選手からこれまで接点がなかった業界の課題を聞いた寺西社長は「うちならもっといいものができるはずだ」と考えた。悩んだ末「うちで一度作りませんか」と小塚さんにオファーし、開発がスタートした。
専門メーカーの「企業秘密」を詰め込み
小塚さんのソチ五輪出場を用具面でサポートするため、早速素材選びに着手した。4回転ジャンプを多用する小塚さん仕様のブレードには、強度と軽さが求められた。開発を任された石川マネジャーは同社が扱う約50種の鋼材から、長年の経験で5種類を選定。複数のパターンをテストした。
「素材や配合は企業秘密」とのことだが「通常の特殊鋼よりも粘り気が強く、折れにくい素材を使っている」という。「硬すぎると折れやすく、柔らかすぎると変形してしまう。硬さと柔らかさの最適なバランスを導くために試行錯誤した」と振り返る。
素材や配合を決めた後は、専用の機械にデータを入力し、自動で削り出す。その工程にも専門メーカーのノウハウが詰まっており「工具の選定、削る順番が肝」と石川マネジャー。「金属の塊からブレードのように薄くて細いものを削り出すのは相当難しい。削り方が甘いと、ブレードが平らにならず、歪みが生じる」という。フィギュアスケートの競技特性から、ブレードの見栄えを良くするため、表面も綺麗に仕上がるよう工夫を施した。素材同様、削り出しの方法も「企業秘密」とのことだ。
これまで溶接が当たり前だったブレード。約1年ほどかけて、専門メーカーならではのノウハウと“逆転の発想”で溶接不要のブレードを生み出した。
「溶接のように人の手が介入すると必ずズレが生まれる。従来品では左右両足ともズレがあることもあったが、うちのは個体差がない。そういう意味では海外メーカーではできなかったことを実現した」(石川マネジャー)
小塚さんはこうして完成した山一ハガネ製のブレードを着用し、ソチ五輪の代表選考となる全日本選手権に出場。3位に入るも、シーズン中のグランプリシリーズでの不調が響き、惜しくも代表選出とはならなかった。小塚さんはソチ五輪落選から2年後の16年3月、現役を引退した。
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