赤字ローカル線存廃問題 「輸送密度」だけで足切りするな:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(2/8 ページ)
地方ローカル線は、従前からの過疎化と少子化に加えて、疫病感染対策の長期化で危機的状況にある。特に輸送密度2000人未満の線区が課題とされるが、そもそも民間企業が赤字事業から撤退できないという枠組みがおかしい。公共交通は応益主義であるべきだ。そこで存廃問題で使われる「輸送密度」について考える。
いま一度「輸送密度」を理解しよう
赤字ローカル線問題が報じられるとき、その指標として「輸送密度」が示される。鉄道事業者も、国土交通省も使う数字だ。報道メディアも「輸送密度」を引き合いに出す。
しかし、この「輸送密度」は正しく理解されているだろうか。数字だけが印象に残り、鉄道の足切りに使われていないだろうか。
輸送密度については、この連載で16年9月に解説した。なんと5年半も前だ。当時はJR北海道が「輸送密度2000人/日以下の路線は単独で維持できない。500人1日以下の路線はバスにしたい」と表明した頃で、「輸送密度とは何か」「国鉄時代より厳しい基準になった」という話をした。
■ローカル線足切り指標の「輸送密度」とは何か?(16年9月2日付の本連載)
今回はもう少し踏み込んだ話をする。
「輸送密度」は輸送人数を示した数字ではない。1日1キロメートル当たりの平均値だ。ここを間違えると鉄道路線の価値を理解できない。同じ路線でも、計算のもとになる区間(距離)を変えれば異なる数字になる。数値の提供者によって見せ方が変わる。本来は取り扱い要注意な数値である。
例えば、路線Aは距離が10キロメートル、輸送密度2000人/日、路線Bは距離が40キロメートル、輸送密度1000人/日とする。これだけを示されたら、路線Bは4倍の距離があるにもかかわらず、1000人/日は少ない。路線Bのほうが成績は悪いな、と思うだろう。先に存廃論議を始めるなら路線Bからだと思うかもしれない。この当たり、ずるい統計資料だと1000人/日と書かずに1000人と書いてしまうから誤解のもとになる。
しかし、輸送密度は1キロメートル当たり平均だから、この数値に距離を掛ける。路線Aの1日平均輸送量は2000人×10キロメートル=2万人キロ、路線Bの1日平均輸送量は1000人×40キロメートル=4万人キロになる。実際の輸送量は利用者は路線Bのほうが多く、路線Aの2倍である。公共性を考えるなら輸送量の多いほうだ。
輸送密度の小さい路線の方が、輸送密度の大きい路線より輸送量が多い。つまり、輸送密度だけでは鉄道路線の実態を把握できない。
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