セダンの再発明に挑むクラウン(1):池田直渡「週刊モータージャーナル」(3/8 ページ)
クルマの業界ではいま、クラウンの話題で持ちきりである。何でこんなにクラウンが注目されているのかだ。やっぱり一番デカいのは「ついにクラウンがセダンを止める」という点だろう。
高速移動が求められなくなった時代の変化
高速移動というのは基本欧州の文化だ。時速180キロ以上の速度で何百キロも巡航するような使い方には、高いシャシー性能が求められるし、それには重心の低いパッケージが不可欠だ。
日本では、そんな使い方はあまりされてこなかったが、それでも大昔は、世の中全般が「捕まらなければ多少は飛ばして良い」と考えていた時代もあった。法規そのものが変わらなくても、取り締まりの厳格化と、その罰則の強化によって、そして交通教育によるドライバーの意識変革によって、実質的にどんどん飛ばせなく、あるいは飛ばさなくなっていったという経緯がある。
米国では、州にもよるが、オイルショックによって55マイル規制が敷かれ、これもまた取り締まりの厳格化によって現実的な移動速度は低下した。
欧州ではベルリンの壁崩壊で、旧東側の人々が豊かになり、クルマの台数が激増。これによって慢性的な渋滞が発生して、高速運動性能を生かすチャンスが減っていく。
となると、速度性能よりも渋滞の中をどう快適に過ごすかの性能の方が大事になる。日本では商用ワンボックス派生のミニバンが、新たなファミリーカーのジャンルとして確立していく。何せ車内で歩いて移動できるほどに広いのだから、特に盆暮れの止まったままの渋滞では、乗り降りなしでドライバー交代できるその方が楽だ。トロトロ渋滞の最中に肩が凝った時だって伸びもし易い。「高速巡航なんてどうせしないし」と思う人は、その分の高速運動性のリソースを削って、ミニバンにシフトしていく。米国でセダンのマーケットを侵食したのは、ピックアップトラックとSUVである。
この流れは欧州でも似たようなものだ。ただやっぱり日本と違う部分もある。それはやはり「高速巡航」に対する諦め度合いである。慢性的渋滞といっても空いている時もある。旧来通りに時速180キロオーバーとはいわないまでも、そこはこうもうちょっと控え目でも良いから飛ばしたいと考えるのは、欧州で長年ぶっ飛ばしてきた人々の文化である。
なので、ミニバン的なものを求めた時、欧州の場合はセダンのシャシーに背の高いボディを合わせる方向に進んだ。日本人に分かりやすくいえば、ホンダ・アコードのシャシーをベースにできた初代オデッセイと同じ。多人数乗りで、従来のアコードとは広さが違う。かといってステップワゴンほどに広くはない。
こういうセダンベースの多人数乗り車両を欧州ではピープルムーバーと呼ぶ。ちなみにオデッセイの場合、本当はもっと背の高いミニバンが作りたかったのだが、当時のホンダの工場の設備の都合でこれ以上高いモデルはラインを通らず、やむを得ずアコードベースでオデッセイを作ったところ大ヒットしたという逸話が残っている。
つまり、欧州のピープルムーバーと日本のミニバンは、どちらも同じニーズに際してのソリューションだが、それぞれの持つ文化的背景によって微妙に違う世界に落ち着いた双子の関係である。
さて、すこしややこしくなったかもしれないが、要するにセダンはもう従来ほどには高速性能が求められなくなった。その代わりに空間不足を突きつけられて、それまでセダンが持っていた顧客層の一部をミニバンやピープルムーバーやSUVに持っていかれた。セダンは、それをどうするかが問われている。
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