孫正義氏に伴走して20年、ソフトバンクG金庫番が「最も大変だった」こととは?:対談企画「CFOの意思」(2/3 ページ)
「CFOの意思」第9回の対談相手は、ソフトバンクグループの後藤芳光氏。同社の金庫番を務めてきた二十余年で、最もハードだった挑戦は? 世間を驚かせたボーダフォン日本法人の買収は、どのようにして実現させたのか。孫会長と伴走したこれまでを振り返る。
後藤: 当社に入社する前は、貸す側にいたこともあり、今でも一番強く意識しているのは「貸す側の気持ち」になることです。案件をチェックし、金融機関の担当が審査部を説得できると思えた案件だけを相談するようにしています。ギャンブル的要素があってはいけない。
というのも、フィクスド・インカムで大切なのは信頼関係です。それを一回でも損なってはいけない。その考えのもと、難しい仕事だからこそ、夢物語を語ってお金を借りるのではなく、迷惑をかけず返済できるという確信のあるものだけを手配したんですね。
まずは「設備」ということで、銀行系や独立系のリース会社と徹底的に議論しました。そして市場を活用した証券化の調達、証券会社で販売できる範囲での債権の販売などを行いました。少ないメンバーで、可能性を探りながらのチャレンジは苦しくも楽しい思い出になりました。
「もはや宿命だった」──世間を驚かせたボーダフォン日本法人買収
嶺井: そして事業が立ち上がり、黒字になり、次はモバイルインターネットの普及に向け、ボーダフォン日本法人の買収というチャレンジをされました。当時のソフトバンクの時価総額は約2兆円。その規模で、1兆7500億円でボーダフォン日本法人を買収するということに多くの人が驚きました。このチャレンジについても教えていただけますか。
後藤: なぜ、そのようなチャレンジにつながったのかからご説明します。
ソフトバンクグループの経営理念は「情報革命で人々を幸せに」すること。孫さんは、創業当初から情報革命を追求していました。そのため、創業当時、まだPCが国内に普及していなかったときから、今のように多くの人が必要とする時代が来るはずだと、マイクロプロセッサの将来を確信していました。
その前提で、ソフトウェアの卸売りから始め「これが情報革命に必要だ」ということに次々と取り組んできた、というわけです。それが、高速インターネット通信でした。私が入社した2000年はまだインターネットといえばISDNという時代でした。
嶺井: ピロピロピロという音が懐かしいですね。
後藤: 今からすれば信じられないほど低速通信だった時代ですね。それでもブラウザに写真などのコンテンツが表示されるとうれしいと感じていました。
そして、Yahoo! BBを通じて、ブロードバンドを人々に手にしてもらうことができるようになり、その後、日本テレコムを買収しました。
このように通信サービスを通じた情報革命を着実に進めていく中で、携帯通信へと進んでいくのは、もはや宿命だったわけです。
とはいえ、携帯事業に参入するには時間がかかりました。というのも、NTTドコモとKDDI auという両巨塔が国内にはあったからです。小さなベンチャーはありましたが、下の方から、スクラッチから切り込むのはしんどい。それでも、1年くらいはイチから立ち上げようと考えていた時期もありました。
そんな中、第三のモバイルカンパニーだったボーダフォン日本法人を手に入れられるのではないか、という目論見が立ったわけです。
総額2兆円近い企業の買収。孫さんから「できるか」と聞かれた私は「できます」と答えました。根拠はないけど、自信はあった。というのも、それまでの5〜6年で、通話しかできない棒状の携帯が、メールやデータの送受信、音楽、動画、ゲームプレイなどができるよう、どんどん進化してきていました。
データ通信量の拡大によって、携帯には未来がある。ならば取り組むなら今だろうと。今はハイレバレッジでも、そのうちレバレッジは下がる。下がると参入者も増えてしまう。ハイレバレッジの今、戦略をきちんと説明すれば、銀行も分かってくれるのではないかと考えて、そのような返答をしました。
そうしてスタートしましたが、連結ネットレバレッジ・レシオは6.2倍ほど。普通は2倍や3倍でファイナンスを組むので、なかなかでしたね。
嶺井: 大半をノンリコースローン(特定の事業や資産から生じるキャッシュフローのみを返済原資とするローン。万が一返済が滞りデフォルトした場合でも親会社に返済を遡求されることがない)で調達されましたね。こんな手法があるんだと当時驚いた記憶があります。
後藤: あの規模のファイナンスは、おそらく日本で類を見ない。しかも、想像を絶するスピードでした。
このことで真摯に向き合い、付き合うことで多くの金融機関との素晴らしい信頼関係を築けたのが、良い思い出となっています。
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