孫正義氏に伴走して20年、ソフトバンクG金庫番が「最も大変だった」こととは?:対談企画「CFOの意思」(3/3 ページ)
「CFOの意思」第9回の対談相手は、ソフトバンクグループの後藤芳光氏。同社の金庫番を務めてきた二十余年で、最もハードだった挑戦は? 世間を驚かせたボーダフォン日本法人の買収は、どのようにして実現させたのか。孫会長と伴走したこれまでを振り返る。
騒ぎに乗らない、動揺しない──会社に自信を持つ
嶺井: 「これからモバイルインターネットが伸びる」という予測が当たり、利益や純増数ナンバーワンの日本を代表するキャリアになりました。そこで落ち着かれず、次は世界一だとスプリントの買収へと進まれたことにも驚きました。
後藤: それも先ほどからの流れで、宿命ですよね。
実際、スプリント買収時は、ボーダフォン日本法人買収時と同じような局面にありました。グローバルに打って出たい、ではどこにするか。できれば、日本で成功したビジネスモデルとの類似性があったほうがいい。インドにするか、シンガポールにするか、欧米のどこかにするか、と。
嶺井: インドやシンガポールなど、アジアも伸びしろがありそうですね。
後藤: そうですね。ただ、当時の国内の携帯利用料が月額1人当たり平均4000〜5000円だったのに対し、インドでは200〜300円程度。買収することはできても、その後が大変なことになってしまう。それなら、買収額は高くても、その後がやりやすいアメリカがいいだろうと、スプリントを買収することになったんです。
嶺井: 米国で第3位の会社の買収というところも、ボーダフォン日本法人を買収したときとかぶりますね。また、今振り返ると低金利と歴史的な円高という絶好の機会にM&Aされたように思います。
後藤: 私は非科学的なことは全く信じないんですが、それでも孫さんは運が強いと思います。買収のタイミングで、(円ドルの)為替が80円だったんですから。
前述した笠井さんは伝説的な為替ディーラーで、彼の為替観はとてもシンプルなものでした。「これから先、もっと円高に進むと思う?」と聞かれた私が「さすがに70円、60円にはならないでしょう」と答えると、「そうでしょう。だったらドルを買えばいい。シンプルなんだよ」と。50年以上、為替と向き合ってきた笠井さんの助言もあり、あのタイミングで買収できた、というわけです。
嶺井: ソフトバンクの戦略と為替などのマーケット環境がマッチして、あの買収が実現したのですね。
後藤: ボーダフォン日本法人買収からスプリントの買収までの期間、金融市場が大きく動きました。買収した06年の2年後にはリーマンショックがありましたが私たちが慌てることはありませんでした。なぜなら、携帯事業をしていた2年の間に、携帯事業におけるキャッシュフローがいかに安定性が高く、拡大余地があるかを知っていたからです。
また、リーマンショックの時にあらためて再確認したのは、携帯事業というのはディフェンシブ(景気動向に業績が左右されにくい銘柄)だということ。通信インフラは、周りが暴落していても、影響を全然受けない。このビジネスモデルはすごいと思いましたね。
ですからリーマンショックにあっても、財務的な不安は全くありませんでした。
嶺井: とはいえ当時、市場ではCDSの高騰など極端な反応も見られましたね。
後藤: アービトラージャーなど、金融市場をビジネスにしている人たちが騒いでいた印象です。それが市場ですからね。しかし、自分の会社に自信があれば慌てる必要はない。
クレジット市場で借り手にとって重要なのは、そういう騒ぎに乗らず、動揺しないことです。クレジットというのは期限の利益、コストのフィクサーであり、期限に返せばいいだけの話です。ヘッジファンドインベスターやアービトラージャーは、発行体が動揺するところを狙ってもうけようとしますから。悪魔の囁きに耳を傾けず、自分の会社に自信を持ち、事業を運営していればいいんです。
中編「Armに惚れ込んだ孫会長──金庫番・後藤CFOが『待った』をかけた理由」では、Arm買収に至るまでの流れや、「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」の評価損をどう受け止めているかについて語る。
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