「CX-60」好調のマツダ EV時代にエンジン車へこだわるのはなぜか:鈴木ケンイチ「自動車市場を読み解く」(2/4 ページ)
22年秋に発表された「CX-60」や、売れ行き好調な「ロードスター」を擁するマツダ。過去に何度も絶体絶命の状況に陥った同社の“七転び八起き”な歩みを振り返る。
ロータリーエンジンを全ラインアップに搭載
60年代には軽自動車、そして普通乗用車にも進出。67年には、世界初の2ローター式ロータリーエンジンを搭載する「コスモスポーツ」を発売します。ロータリーエンジンはドイツのNSU社とバルケン社が最初に開発したもの。エンジン内でオムスビ型のローターが回転する構造で、シンプルで軽量、そして振動の少ない画期的なエンジンとして、世界中の自動車メーカーが量産化に挑戦します。
ところがロータリーエンジンは、オムスビ型のローターの角がエンジン内を傷つけるという技術的な大問題がありました。最初はいいのですが、すぐに性能が落ちてしまうのです。これでは量産車には使えません。他の自動車メーカーは早々に開発をギブアップしましたが、マツダだけは諦めませんでした。それには理由があります。
当時、日本では政府主導で自動車業界の再編が検討されていました。「ぼんやりしていると、他に吸収されてしまう!」という危機感がマツダにはありました。そこで「夢のエンジン」であり、世界でも「実現不可能では」と思われていたロータリーエンジンの実用化をもって、マツダは独立を獲得しようと考えたのです。当然、ロータリーエンジンの開発は困難の連続でした。しかし、実用化に失敗すればブランド消滅の可能性もある、まさに崖っぷち。マツダは社長肝いりのプロジェクトとしてロータリーエンジンの開発に力を入れ、量産化を実現したのです。
その後、マツダは技術力のアピールと商品力アップのために、ロータリーエンジンを、スポーツカーだけでなく、小型車からセダンまで全ラインアップに搭載する方針を打ち出します。その狙いは当たり、60年代後半から70年代初頭にかけて、マツダの販売台数は大きく伸びていきます。
この伸びは国内だけにとどまりませんでした。特に米国では、ロータリーエンジンが、カリフォルニアの非常に厳しい排気ガス基準、いわゆるマスキー法試験に71年に合格。当時のロータリー・エンジンは、クリーンなエンジンでもあったのです。
その結果、70年に約6000台であったマツダの対米輸出は、わずか3年で約17万台へと飛躍的に増大。また、同時期にカナダやオーストラリア、欧州市場でも販売台数が拡大していきました。73年には、3年後に月間販売台数5万台、国内シェア5%アップ(当時7.8%から13%への拡大)を狙う「マツダ5-5(ゴーゴー)計画」が策定されます。まさに、イケイケの絶好調そのものです。
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