ウワサの「サラリーマン増税」の真意 政府はなぜ、転職の活性化に期待するのか:労働市場の今とミライ(2/3 ページ)
政府税制調査会が検討を打ち出した、退職金増税を含むいわゆる「サラリーマン増税」が国民の不安を招き、大きな注目を集めた。政府はこうした増税案も含む「三位一体の労働市場改革」で、どんな社会を目指しているのか。その真意を人事ジャーナリストの溝上憲文氏が解説する。
「誰もが賃金を上げていく社会」の実現は可能なのか?
スキルアップのためのリスキリング支援は、もともと日本企業の能力開発投資は諸外国に比べて少なく、それはそれで結構なことであるが、実施するとなるとさまざまな課題もある。
また、職務給とはいわゆるジョブ型賃金のことだが、日本で主流の職能給とは真逆の関係にある。職務給は担当する職務(ポスト)ごとに決まる「仕事基準」であり、職務が変わらない限り、賃金も固定されて変わらない。賃金を増やすには、自ら高いポストに必要なスキル修得が求められる。対して日本の職能給は人に仕事を当てはめる「人基準」といわれる。
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指針では日本の職能給の弊害に言及している。職能給制度は「職務(ジョブ)やこれに要求されるスキルの基準も不明瞭なため、評価・賃金の客観性と透明性が十分確保されておらず、個人がどう頑張ったら報われるかが分かりにくいため、エンゲージメントが低いことに加え、転職しにくく、転職したとしても給料アップにつながりにくかった」と批判する。
とはいっても職能給から職務給に変えていくのは容易ではない。リスキリングや職務給の導入に課題はあるとしても、転職すれば誰もが賃金を上げていく社会の実現は可能なのかという疑問もある。
転職社会かどうかを示す指標に、平均勤続年数がある。日本の労働者の平均勤続年数は11.9年、米国は4.2年だ(「データブック国際労働比較2018」労働政策研究・研修機構)。間違いなく米国は転職社会といえるが、実はイタリアは12.1年、フランスも11.4年と日本と同じように長期勤続者も多く、日本だけが「転職しにくい国」というわけではない。
「元の職場に戻りたい」 欧米の転職市場を取り巻く2つの変化
転職は、経済状況にも左右される。世界に拠点を持つ外資系人材紹介業のロバート・ウォルターズ・グループのトビー・ファウルストンCEOは欧米の転職市場は縮小傾向にあると語る。
「インフレによる給与の高騰、ナショナリズムの高まりによる海外で働く人の減少などによって求職者の不足が発生しています。また、せっかく採用した人材を維持したいという企業も多く、失業率も高止まり傾向にあります。人材を採用するには給与を上げる必要がありますが、インフレが続き、これ以上給与を上げられない状況もあり、企業、求職者ともに採用や転職に自信を失いつつあります」
実際に転職すれば賃金が上がるのかという質問に対し「専門職のようなスキルの高い人材は、給与は上がりますが、まさにケースバイケースです」と、欧米でも専門性やスキルによって上がる人もいれば、そうでない人もいると語る。
そしてコロナ後の労働市場で発生した2つの変化について言及。1つは、大卒の若者に「働く目的を明確にしたい、自分にとって意味のある仕事に就きたいと考える傾向が強くなっている」ことだった。この現象はおそらく日本の若者の志向とも似ている。
もう1つの変化にはちょっと驚かされた。
「転職を経験した3分の1の労働者が、元の職場に戻りたいと思っていることです。転職をしてみたものの結局、元の会社のほうがよかったと思う人たちが多いのです。われわれはブーメラン社員と呼んでいますが、そういう人たちがかなり増えました」
一般に、転職者は現在の会社の仕事や処遇に不満を感じて転職するものだが、転職経験が豊富な欧米の労働者でも「転職しなければよかった」と後悔する人が少なくない。転職にはそうしたリスクが伴うものであることを実感させられた。政府はこうした点にも目配せする必要があるだろう。
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