なぜ中央線は「グリーン車」を導入するのか 2つの“布石”が見えてきた:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(2/5 ページ)
JR東日本が中央線快速電車に導入するグリーン車を、2024年度末の導入に向けて報道公開した。グリーン車は日本の鉄道の上級座席だが、なぜ上級座席があるのか。中央線快速電車のグリーン車導入を、大手私鉄の通勤用着席サービス列車と並べた報道もあったけれど、経営施策としては意味合いが違う。
大手私鉄の着席サービス導入とはちょっと違う
中央線快速電車のグリーン車導入を、大手私鉄の通勤用着席サービス列車と並べた報道もあったけれど、経営施策としては意味合いが違う。
大手私鉄のサービス列車として、1992年に京急電鉄の「ウィング号」から始まり、東武鉄道の「TJライナー」「THライナー」、西武鉄道の「S-TRAIN」「拝島ライナー」、東急電鉄の「Qシート」が投入された背景は「沿線価値の向上」だ。「ラクに通勤できる」は、「住みやすい沿線」という評価になる。住みやすい沿線として人口を確保すれば、不動産業も含めたグループ会社全体の利益につながる。
一方、JR東日本は大手私鉄ほど不動産事業を経験していない。これは国鉄時代に鉄道以外の事業を規制されてきたからだ。国が行う事業で民間企業を圧迫してはいけないという趣旨だった。大手私鉄は安い土地をたくさん買って鉄道を敷き、土地の価値を上げて売ったり貸したりする。鉄道と沿線開発を表裏一体に進めて成長した。
しかし、JR東日本が国鉄から事業を引き継いだとき、通勤路線の沿線は開発しつくされており、土地の値段は高止まりしていた。もうそこに不動産業のうまみはない。だからJR東日本の鉄道の施策は鉄道の利益を上げるためにある。その1つがグリーン車という「乗車に対する付加価値」だ。
もう1つは遊休車両の活用だ。例えば、日中にターミナルに到着した特急列車を郊外の車両基地に回送する。空気を運ぶようなものだ。もったいない。ならば通勤客に乗ってもらおう。特急車両だから着席を前提として、若干の料金をいただこう。これが国鉄時代の1984年に運行開始した「ホームライナー大宮」「ホームライナー津田沼」だ。
国鉄のプラットライナーは、小田急ロマンスカーや東武特急の夕方の下り列車が、実質的に帰宅する会社員に利用されていた実態にヒントを得たとされている。そして国鉄が「ホームライナー」を成功させると、今度は小田急ロマンスカーが「ホームウェイ」という帰宅客向けの特急を設定した。これを参考として大手私鉄の「着席できる通勤列車」が生まれた。
だから、JR東日本にとって着席できる通勤列車といえばグリーン車ではない。中央線で通勤者向け特急といえば「はちおうじ」「おうめ」である。東海道線系統なら特急「湘南」だ。そもそも、これらの列車は通勤時間帯の設定である。グリーン車は連結したら朝夕日中夜間も関係なく利用できる。
グリーン車の連結で中央線の通勤ラッシュが和らぐという見方もある。中央線快速電車のグリーン車が企画されたころ、中央線快速のコロナ禍前の混雑率は180%を超えていた。グリーン車を増結して、通勤車両からグリーン車に移る人がいれば、混雑はやや緩和されるかもしれない。しかしグリーン車2両で定員180人だ。現在の通勤電車は10両編成だから1両あたり18人しか減らない。焼け石に水だ。
JR東日本が本気で中央線の混雑を緩和したかったら、湘南新宿ライン、東京上野ライン、常磐線のように15両編成にするだろう。グリーン車2両に普通車3両を追加する。しかし、いままで10両対応だったプラットホームなどの施設を15両にするには、もっとお金がかかる。列車を長くするほど折り返しで分岐器通過時間が延びて、運行間隔も広がってしまう。グリーン車2両を追加する方が安上がりだ。
つまりグリーン車増結の本心は通勤混雑対策ではない。通勤客は無関係とはいわないけれど、グリーン車は純粋な鉄道増収策であり、少子化による乗客減を考慮すれば、2両増結がコストにちょうど見合っている。
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