令和になっても「パワハラが引き起こす悲しい事件」が減らない、4つの理由:働き方の「今」を知る(1/4 ページ)
パワハラが引き起こす悲しい事件がたびたび報道される。実際、厚生労働省の発表によるとパワハラ相談件数は年々増加している。組織を取り巻く課題を4つに分けて考察する。
群馬県の地銀、東和銀行に勤めていた入行4年目の男性行員(当時25歳)が、行内では花形部署とされる法人営業担当に異動後、わずか2カ月で自殺し、遺族が銀行側に損害賠償を求めている事件が報道され、話題となった。
男性の遺族や代理人弁護士によると、男性はそれまで個人営業に従事しており、法人営業を担当するのは初めてのことだった。周囲からの期待が高い中で未経験業務に向かうことの重圧に加え、業務量は多く、上司からは同僚らがいる前で「数字が上がらない」「稟議書の作成が遅い」などと威圧的な叱責を受けるというパワハラ被害もあったという。
また当該上司は休日に、自身の名前を冠した「○○塾」を開講し、自宅に男性ら部下を呼び出して仕事をさせられることもあった。さらに男性の自室からは「仕事で悩んでおり、誰にも相談できない」といった主旨が綴られたメモが発見されているとのこと。男性は未経験業務へのプレッシャーと、上司からのパワハラなどの複合的な要因で、精神的に追い込まれた過労状態だったと判断され、労災認定もなされている。
東和銀行はメディア取材に対し「大変残念なことが起きたと受け止めています。労基署の調査結果を把握していませんが、ご遺族から連絡があれば、真摯(しんし)に対応してまいります」とコメントしている。
この事案を見聞きされた方の中には、もしかしたら「花形部署なら、厳しいプレッシャーがあるのは当然では?」「追い込まれる前に、誰か周囲の人に相談するくらいできたのでは?」などと感じた人がいるかもしれない。
個人の信念としてそのように捉え、自らを律していかれる分には何の問題もないが、万が一その認識を、後輩や部下など他者にまで要求するようなことがあれば大変危険である。なぜならその考えは、無意識のうちに不幸なパワハラ被害者を産んでしまう元凶になりかねないからだ。
大幅増加するパワハラ相談件数 当たり前だと思っていた指導も対象に?
2020年6月1日「労働施策総合推進法」(通称:パワハラ防止法)が施行され、企業においてパワハラ防止方針の明確化や相談体制の整備、パワハラに関する労使紛争を速やかに解決する体制を整えることが義務となった。
当初は大企業のみが対象だったが、2022年4月1日より中小企業も含め、職場内でパワハラ防止措置を講じることが、わが国全ての企業において義務付けられている。パワハラ防止法に違反すると、厚生労働省から指導や勧告を受ける可能性があり、勧告に対して適切な対応を取らなければ社名と共にその事実を公表される場合もある。
今回のように悪質なパワハラ被害が発覚すると、マスメディアで大きく報道され、読者や視聴者からも強い非難が集中する。法規制が拡充し、職場内でのハラスメントに対する社会的な認識は年々高まり、パワハラへの忌避意識も強くなっているため、ブラック企業問題が騒がれた以前よりはパワハラの発生件数も落ち着きを見せているように思われるかもしれない。
しかしながら、その印象と実態は大きく異なる。厚生労働省の発表によると、2022年度のパワハラ防止法に基づく「パワハラ相談件数」は5万840件。従前から集計を続けている、個別労働紛争解決促進法に基づく「いじめ・嫌がらせ相談件数」の6万9932件と合わせると実に12万件を超え、前年度比1万1322件増と大幅増加した。
集計方法が変わったため単純比較はできないが、実質的にパワハラ相談件数は過去最高を記録したといってよいだろう。実際、労働施策総合推進法に基づく是正指導は4.3倍、労働局長による紛争解決の援助の申立受理も3.5倍、優越的言動問題調停会議による調停申請受理も1.9倍と、パワハラにまつわる紛争は急増している状況だ。
もしかしたら、この紛争件数急増の背景にはパワハラにまつわる問題意識が浸透し、理解が広がった結果「これまで、当たり前のように受けていた『厳しい指導』が、実はパワハラに該当するのだと気づいた」という形で被害が顕在化したケースも含まれているかもしれない。だとすると「パワハラの認知が進み、声を上げやすくなった」という一つの進歩ともとれるが、全体の件数が依然として増加し続けていることは、問題が残っていることの証左に変わりない。
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