日立、米IT「1兆円買収」でどう変身? 文化の違いを“シナジー”に変えた手腕:「シリーズ 企業革新」日立編(2/2 ページ)
「シリーズ 企業革新」日立編の4回目は、Lumada事業をさらに成長させている取り組みとして、2021年に約1兆円を投じて話題になった米GlobalLogic買収のその後に迫る。
日立のやり方を押しつけず、GlobalLogicから学ぶ
ただ、日立グループとGlobalLogicの考え方に共通点はあるものの、社会インフラを扱う日立とスピードそのものを価値にしているGlobalLogicでは、そもそもビジネスに対する発想が違う。その違いを埋めていくために、佐佐木氏は当初から密なコミュニケーションを心掛けた。
「買収決定直後からGlobalLogicの各国の拠点を訪れて、幹部と面談してお互いを理解し合うところから始めました。その際に日立の会長や社長が、買収はGlobalLogicが日立になることを目的にしているわけではないので、GlobalLogicに日立のやり方を押しつけない方針を示して『GlobalLogicに学べ』と言っていたことが大きかったですね」
このスタンスがシナジーを生みだした。日立デジタルはLumadaビジネスをグループ全体に横串を刺す機能を持っていて、日立のビジネスユニットをつなぐ役目を担う。GlobalLogicの顧客でDXを成功させた企業の役員をアドバイザーに招へいし、成功談や失敗談を日立の中に展開していくことを進めた。
「一方でGlobalLogicは、日立エナジーや日立レールなどのビジネスユニットと仕事をすることによって、グローバルで成長する機会を得られました。現在は日立グループとしてのガバナンスを効かせながら、日立側のビジネスユニットの売り上げや収益の拡大と、GlobalLogicの成長というシナジーを、より実践的なものに昇華させていく取り組みを進めています」
さらなるシナジーを生むため、組織も改編している。2023年4月にGlobalLogicを含む国内外のコンサルティング、デザイン、デジタルエンジニアリング機能を集約して、デジタルエンジニアリングビジネスユニットを新設した。グループの各事業部門とLumadaのサイクルを加速させることによって、社会イノベーション事業を拡大させることが目的だ。デジタルエンジニアビジネスユニットの規模を、荒川氏は「4万人規模」と説明する。
「GlobalLogicの従業員がほとんど入っているほか、日立側を合わせると4万人に近い規模になるビジネスユニットです。いくら同じような考え方を持っているといっても、さすがにビジネスユニットレベルで仕事をする際には、いろいろなコンフリクトが起きることが予想されました。そこで、このビジネスユニットでは、GlobalLogicが成長してきたエッセンスを日立のメンバーが体現することを主眼に置いています。ルールや制度なども1つずつ変更しているところです。日立グループ全体がGlobaiLogicのようになるには時間がかかるかもしれませんが、まずは1つのビジネスユニットからGlobalLogicのいいところを取り入れています」
GlobalLogicの強みをどう生かすか
日立デジタルでは、GlobalLogicが持つ強みを学ぶための取り組みも進めている。デジタルエンジニアリングに関しては、GlobalLogicが顧客に提供しているアドバイザリーのサービスを参考にした。初期の8週間から12週間くらいまでは有償でデザイナーやアーキテクトが入り、顧客と一緒にロードマップなどを考え、その上で次のフェーズに入るかどうかを提案するものだ。一方、組織作りの面では、荒川氏らがカルチャーの変革と、表彰制度などに取り組んでいる。
「日立デジタルの谷口潤CEOが従業員とディスカッションをした上で、日立が変わるための行動を募集するカルチャー変革プロジェクトを立ち上げています。2023年10月から2024年3月末まで募集したところ、約300人からアイデアや具体的な施策が寄せられました」
アイデアや施策を褒め合って、実行のフェーズに選ばれると投資もする。いわゆるボトムアップで変えていく仕組みだ。
「GlobalLogicのリーダーが成長の源泉として口にするのが、Mutual Respect(相互尊重)、Customer Success First(お客さまの成功が第一)、Early Challenge,Failure and Learning(早く挑戦し、失敗から学ぶ)です。日立グループにはどちらかと言えば失敗を恐れるようなカルチャーがあったので、GlobalLogicの発想を取り入れて、失敗から学んだことを発信してもらってクオーターに1回表彰する制度を始めました。表彰されているのは、顧客が主人公になっていない提案をして1回目は失敗したものの、2回目は顧客が作りたい世界に貢献する提案をして受注できたケースなどです。失敗してもそこから学ぶことは悪いことではないという意識が、少しずつ浸透しつつあると感じています」
エンジニアの採用と育成もGlobalLogicの強みだ。日立は「デジタル人財の強化・拡充」を掲げ、2021年度時点で6万7000人いた「デジタル人財」を、2024年度には約10万人に増やすことを目指している。エンジニアの獲得競争が激しさを増す中でも、GlobalLogicが採用に強みを持っている理由を佐佐木氏は、こう説明する。
「GlobalLogicは大学やリサーチ会社、いろいろな人脈のネットワークを持つことで、優秀な人を多数採用できています。受注の予測に基づいて必要な人数を採用しようと思っても、スキルを持つ人の採用が間に合わないのが現状ですが、GlobalLogicの場合はその時点ではスキルを持っていなくても、将来的に育つ可能性がある人を先読みして採用しています」
先読みして採用すると、必要になる時期までにスキルを習得できるように育てる。荒川氏はGlobalLogicの育成システムも取り入れていると明かした。
「GlobalLogicは採用して育成するまでの流れを、プログラムとして確立しています。採用すると研修でスキルを身につけさせた後、現場でOJTによって育成し、準備ができたらプロジェクトに投入するプロセスです。このプロセスを回して、多くのエンジニアを採用して育成し、現場に投入しています。日立でも研修で知識を学んでもらって、OJTによって仕事ができるように能力を引き上げていました。ただ、同じようなことをやってきたものの、人数の規模や使う時間などには差がありましたので、GlobalLogicのプログラムによる育成の手法を取り入れています」
佐佐木氏と荒川氏に話を聞くと、買収から3年たらずの間に進めたGlobalLogicとの融合によって、日立グループ全体とGlobalLogicが共に成長できる体制ができていることが分かる。今後もグループを構成するセクターが緊密に連携して「One Hitachi」による成長を推し進めていく方針だ。
さらに2022年4月には、日本国内でのデジタルエンジニアリング事業を拡大するために、GlobalLogic Japanを新たに設立した。次回はGlobalLogic Japan設立の狙いとビジネスの現状に迫る。
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著者プロフィール
田中圭太郎(たなか けいたろう)
1973年生まれ。早稲田大学第一文学部東洋哲学専修卒。大分放送を経て2016年4月からフリーランス。雑誌・webで大学問題、教育、環境、労働、経済、メディア、パラリンピック、大相撲など幅広いテーマで執筆。著書に『パラリンピックと日本 知られざる60年史』(集英社)、『ルポ 大学崩壊』(ちくま新書・筑摩書房)。HPはhttp://tanakakeitaro.link/
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