なぜ日本の組織は「学び合わない」のか リスキリングを成功させる「コミュニティ・ラーニング」とは?(3/3 ページ)
今、社員のリスキリングについて取り組む企業の中で、学び合い続ける組織をいかにつくれるかが重要課題として改めて議論されている。それぞれのキャリアに合わせて選択的・自律的な学習をいかに促進しても、多くの企業で「笛吹けども踊らず」状態が続いている。いくら研修プログラムの改定を続けても、学び続ける組織を開発できなくては、いつまでたっても一部の従業員のための施策にしかならない。
「独学」は効果が出にくいワケ
こうしたコミュニティ・ラーニングの重要性にもかかわらず、現在の企業が実施しているコミュニティ・ラーニング施策は、一言でいえば研修の「おまけ」にすぎない。6割以上の従業員がコミュニティ・ラーニングを何も経験したことがなく、最も一般的な研修でのグループ・ディスカッションやグループ・ワークなども18%程度しかない。
コミュニティ・ラーニング施策を実施している企業でも、研修プログラムの期間だけのコミュニティに閉じているか、付随的なものでしかないパターンがほとんどである。e-learningやカスタムされた個別学習が普及していく中で、多くの人も企業も個を単位とした「独学」に引きつけられてしまっている状態だ。
しかし、「個」のままただ独学させていても、自己理解も進まず、学びも持続的にならず、さらに「組織」レベルで学び合うこともない。いかにこの「他者」を経由した動機付けの仕掛けを積み重ねられるかが、これからの日本企業の人材開発の肝どころである。
トレンドに追従するように研修メソッドや学習プログラムの改定を続けても、上記のような「他者」とのつながりを実現できなければ、日本企業が組織レベルで学び続けるようには、なかなかならないだろうと筆者は考えている。
コミュニティ・ラーニング成功のポイント
さて、コミュニティ・ラーニングの具体的実践については、いくつかの先進的企業から見えてきた実践的なポイントがあるので最後に紹介しよう。
(1)人と人の「共通点」探し
中規模以上の企業の場合、同じ会社に属しているという事実だけでは、ほとんどが「他人」として認識し合っていることが多い。そこでは、コミュニティ・ラーニングを行うにあたっても、「社員」以上の何らかの共通点を見いだせるようなサブカテゴリーを見つけ、設定し、それに基づいた出会いを仕掛けることが重要である。
例えば、管理職や従業員という共通点だけでは、コミュニティとしての凝集性や盛り上がりは欠けがちだが、例えば、「女性の管理職の悩み相談会」「●年度の新入社員の学習アドバイス会」「●●地域の課題共有会」といったサブカテゴリーと同時に集まりを設定すれば、集まった者同士のコミュニケーションは円滑になる。ただ広く「集まってください」と呼びかけるのではなく、「共通点探し」そのものを肩代わりすることが重要である。
使いやすいのは、やはり学びそのものへの興味関心を共通点として発掘することであろう。「日本酒造りに興味がある者」「生成AIに興味がある者」といったカテゴリーで、勉強会や事例共有会、もっとカジュアルな懇親会などを実施すれば、少人数でも活発な会話は繰り広げられる。それらのカジュアルな集まりが自発的につくられ始めれば、会社側はそのサポートに回ることができる。
また、研修経験そのものも、人が集まるサブカテゴリーとして機能する。例えば、広範な動画型研修サービスを導入している企業であれば、「1年間の間にe-learningを100時間以上受講した者」という共通点で人を集めれば、そこではおすすめの動画やテキストなどを勧め合う話題が自然に発生するだろう。共通点が参加者同士に見えやすいからだ。
また、新規事業への興味関心も優れた「共通点」である。同じような新規事業や技術領域に関心があるにもかかわらず、部署が異なり互いの存在に気付いていない従業員同士を、裏でつないで出会いや学習参加を促すことも実際に先進企業では行われている。このような「共通点探し」は、バラバラに点在する個人を「つなぐ」役割を果たすということである。
(2)コミュニケーションは「弱い目的化」する
「他者とのコミュニケーションが学びにとって重要である」ということを考えたとき、生真面目な人材開発担当者は、直接的にコミュニケーションそのものを目的化した施策を検討する傾向にある。しかし、社内でコミュニケーションを促進したいときのポイントは、コミュニケーションを「弱い目的化」することである。
(1)の論点とも関連するが、コミュニケーションには何らかの「テーマ」がある。人は話すこと自体を目的として話すことはなく、「何かについて」話すものだ。その意味で、コミュニケーションや相互理解といったものは、何か別の目的の「副産物」として捉えるほうが正しい。また、コミュニケーション能力には当然ながら大きな個人差がある。コミュニケーションが苦手な従業員は、コミュニケーションそのものが主目的化すると、途端に消極的になるものだ。
だからこそ、コミュニケーションやコミュニティ施策は、「主目的」を別に設け、その裏の「弱い目的」として実施されるべきだと筆者は考えている。それは例えば「研修を受けた後の」懇親会であり、「プログラムの受講者の1年後の集まり(アルムナイ・イベント)」であり、「初回のお悩み相談会」の後のフォローアップであり、「AI学習のための」チャットルームの用意などである。
コミュニティ自体を目的にした、ただのハコとしての「コーポレート・ユニバーシティ化」「みなで集まって話そう」くらいの大ざっぱな施策では、実際の人の集まりの複数性も生まれなければ、コミュニケーションの共通点も見いだしにくい。
(3)「定着」よりも多層性を重視すること
また、「自社ではコミュニティが定着しない」という悩みも多く聞かれる。これまでの同様の施策経験を「失敗」として捉えている研修担当者も多く存在する。しかしこれもまた、「つながり」のイメージが平たんすぎることによる誤解だ。社会学が研究してきた社会関係資本(Social Capital)という概念がただの人のつながりではなく「相互信頼」を問うた概念であるように、そもそも人はつながった人全てと信頼関係を築くものではない。
人が影響を受け、学びの動機付けになるのは、やはり「信頼できる重要な他者」との触れ合いである。そのためには、コミュニティ全体が維持され続けている必要性はない。むしろ重要なのは、コミュニティの「重層性」と出会いの「数」である。
例えば、ある1人の従業員が、普段働く「職場のコミュニティ」にいるとともに、社内大学を通じて「ピープル・マネジメントを学びたい人のコミュニティ」に定期参加し、年に1回の地域課題解決のグループ・プロジェクトに参加し、グループ横断の読書会にも顔を出す、といったように、学びのコミュニティに複数参加し、それぞれの集まりはテーマや関心とともに消失したり離脱したりしていく関係のほうが、「信頼できる仲間」との出会う蓋然性(がいぜんせい)とネットワーク上のつながりは多くなる。むしろ、人間関係が離脱不可能であまりに安定的である場合、それは伝統的な「ムラ社会」的な固着性を生んでしまいがちだ。新たな学びや刺激も少なくなるだろう。
まとめ
リスキリングがバズワード化してからというもの、人事は思うようには学んでくれない従業員に対して新たな悩みを抱えるようになった。それとともに、他者との協働的な学び「コミュニティ・ラーニング」の重要性への認知は広がり、ここ数年でも一部の企業では実践知が蓄積されてきた。
しかし6割以上の従業員がコミュニティ・ラーニングを何も経験したことがなく、まだまだ一部の企業に限られているといえよう。
「大人が学ばない日本」ではあるが、本コラムで示したような実証的なエビデンスの蓄積とともに、リスキリングのカギであるコミュニティ・ラーニングの具体的・実践的な工夫やアイデアが日本全体で共有されれば、「学ばない国」である日本の大人の学びの光景は変わっていくはずだと筆者は信じている。
小林祐児
上智大学大学院 総合人間科学研究科 社会学専攻 博士前期課程 修了。
NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年よりパーソル総合研究所。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行う。
専門分野は人的資源管理論・理論社会学。
著作に『罰ゲーム化する管理職』(集英社インターナショナル)、『リスキリングは経営課題』(光文社)、『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎)、『残業学』(光文社)『転職学』(KADOKAWA)など多数。
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