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経団連副会長に聞く「日本企業に必要な組織論」 経営者が集めるべきものとは?(1/2 ページ)

アサヒグループホールディングス小路明善会長に、人材教育や育成に注力する背景を聞いた。

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 従業員数約2万9000人、売上高2.7兆円以上を誇るアサヒグループホールディングス。サントリーと並ぶ国内大手飲料メーカーで、主軸となる飲料事業の拡大だけでなく、さまざまな教育事業にも力を入れる企業だ。

 例えば広島県庄原市と連携し、市内の小学生を対象に「アサヒの森」を通じた環境教育を実施している。アサヒの森とは、庄原市と三次市にかけた保有林で、その総面積は2165ヘクタール、東京ドーム約461個分にもなる森だ。起業家育成にも積極的に取り組み、2022年には子ども向け起業家教育プログラム「Goodday KidSTART」をマレーシアで実施した。社内向けにもグロービスグループと提携し、従業員の成長支援に取り組む。

 教育事業に注力する背景の一つには、小路明善会長の人材教育への理念がある。小路会長は長年にわたって教育・大学改革推進委員会委員長を務め、経団連副会長の立場としても、学校教育機関を通じた生涯学習を実現する全世代型教育システムの構築を目指す。

 8月21日には、国際戦略経営研究学会と早稲田大学イノベーション戦略研究部会共催のシンポジウム「産学官に求められるリスキリング・人材育成のあり方」(早稲田大学国際会議場)にも登壇。人材育成の重要性をあらためて訴えた。なぜ、小路氏は人材育成に力を入れるのか。前編【経団連副会長に聞く日本企業の人材育成の課題 社員のリスキリングが伸び悩む背景は?】に続き、小路氏に聞いた。

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小路明善(こうじ・あきよし)1975年アサヒビール社入社、2001年同社執行役員。2003年アサヒ飲料社へ転籍、常務取締役企画本部長として、経営戦略・人事戦略・事業計画推進など、幅広く業務経験を経て2007年アサヒビール常務取締役執行役員、2011年同社社長に就任。2016年アサヒグループホールディングス社長に就任。同社社長として、海外M&Aを積極的に手掛け、欧州・豪州を中心にアサヒブランドのさらなるグローバル化に力を注ぎ、グローバル企業としての基盤を作り上げた。2021年同社取締役会長兼取締役議長。2022年6月より一般社団法人 日本経済団体連合会(経団連)副会長に就任(撮影:河嶌太郎)

2兆2000億円以上のM&A 百戦錬磨のトップが語る「組織論」

――小路会長は2016年にアサヒグループHDの社長に就任して以降、世界で2兆2000億円以上のM&Aを実現してきました。近年ではオーストラリア市場にも進出していて、今や海外での売上高が全体の65%、利益面では半分を稼ぐグローバル企業となっています。海外企業の買収で世界を見てきた中で、日本企業の課題をどう見ていますか。

 海外駐在の経験はありませんが、M&Aで数十カ国に足を運びました。その中で実感したのは、日本には多様性が十分にあるとはいえないということです。 例えばオーストラリアや北米は名実ともに多民族国家ですよね。多民族国家というのは異文化が入りまじった社会であり、異なる意見を持ちながら議論することは日常茶飯事です。その点、日本はいまだに同一性のある社会を形成しています。

 日本企業では同質性がどうしても求められ、トップや組織の考えに対して異論を差し挟む環境が乏しいと感じています。ゼロではありませんけどね。つまり異論は「異質」と受け取られてしまうわけです。それが組織のことを考えた意見であってもです。異論は異質と受け止められ、異質はどちらかというと排除される傾向がまだ残っているように感じます。

 もちろん近年、日本でもダイバーシティーなどの考え方が広まり、改善傾向にはあります。しかし、そのスピードは、国際標準に追い付くにはまだ遅いと思います。

――逆に日本企業の良さはどこにあると思いますか。

 まず、勤勉だということですね。非常に真面目で誠実で、仕事に打ち込む姿勢や視座は非常に高いと感じています。その勤勉性に多様性を足したら、これほど強い社会はないのではないでしょうか。だからこそ、こうした勤勉性と誠実さが、みんなと同じ考え方を作り上げていこうとする方向に走ってしまうと、多様性が一気に失われてしまうのです。

 1人1人が勤勉で誠実で真面目に仕事に打ち込みつつ、打ち込んだ人たちの個性や多様性をどんどん引き出す社会に向かっていかねばなりません。

――小路会長はアサヒで、人事や組織作りにも長く携わっています。その経験が多様性の重視につながっているのでしょうか。

 私は中国唐代に書かれた書物『貞観政要』の考え方を参考にしています。そこには「社長が右と言ったら、部下は左の考え方を言ってくれ」というディベート的な考え方が示されています。『貞観政要』は唐の皇帝、太宗の言行録なのですが、太宗は何でも物事を言える部下を従えていて、その部下に自分がやってきたことに対して、常に異論や思ったことを言ってもらうようにしていたそうです。

 この教えにもあるように、私は自分がやってきたことが全て正しく適切だったとは思っていません。これまで当社を経営するにあたっても、常に意見を言ってもらうことによって、自分の経営の舵を修正してきたんですね。全て自分の考え方に従ってやってきたわけではありません。

 例えば今日のように講演をしたあとにも、秘書に「今日の講演はどうだった」と聞くようにしています。悪いことばかり言われると自信をなくしてしまうので、次に生かすために、いいことを2つ、悪いことを2つ聞くようにしています。

 会社経営においても同様で、周囲や部下には「私の良かった判断と悪かった判断を2つ言ってくれ」と言ってきました。私はそうやって、経営の舵の方向性を常に調整してきたつもりです。

――小路会長は近年の生成AIやデジタル化の動きを、どう見ていますか。

 デジタル社会、そしてAI社会というのは、どんどん進めていかなければならないと思います。過去の人類の歴史を見ても、産業構造の変化に伴って、経済成長と社会の発展、生活の向上が図られてきました。

 狩猟社会が農耕社会になり、産業革命で工業社会になり、21世紀に入り情報化社会になりました。そして今、デジタル化によるAIの創造社会が訪れようとしています。AIを社会の中でどう活用していくか。この課題は真剣に考えないといけませんし、もっと積極的に展開すべきだと思っています。

 よく「AIに人間が支配される」ということが言われますが、私はそんなことは全く考えていません。創造力やイマジネーション、クリエイティブというのは、やはり人間本来が持っている強さであって、人間のやることをよりスピーディーに正確に補完するのが、デジタル化でありAIだと思うのです。

 だから私はAIと人間社会は共存していくと考えています。人間の思考判断が前輪であって、AIとデジタルは後輪なんですね。「こういう方向に進んで、こういう社会を作っていく」と人間が決めたら、それをAIやデジタルが後輪で力強く後押ししてくれる。今まではその後輪がなかったわけです。

 前輪で人間が進むべき社会を創造したら、その社会の実現に向けてAIやデジタルが後輪でそれを力強く進めていく。人間とAIはそういう関係になっていくと考えています。

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狩猟社会が農耕社会になり、産業革命で工業社会になり、21世紀に入り情報化社会に。そして、デジタル化によるAIの創造社会が訪れようとしている(小路氏の登壇資料より)

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