「効率の価値」VS.「ムダの価値」 ビジネスには両方が必要といえるワケ:令和の無駄学(2/3 ページ)
ビジネスにおいて効率を重視すべき点と、無駄を重視すべき点の違いとは? 「生活者にとっての価値」という視点から考察していきます。
無駄がもたらす3つの主体的価値
一見無駄に見える、あえての余白や制限、工夫には、主体性を生む価値があるのではないか――。そのことを確かめるべく、“一見無駄“を取り入れたことで成功した事例を探ってみると、無駄がもたらす3つの価値のパターンがあることに気づきました。
それは(1)愛着を感じられる、(2)所属を感じられる、(3)学びを感じられる――の3つです。どれも外注できない、自分の体と心でしか経験できない主体的なもので、裏を返すと、このような価値を受け手に感じてもらいたいときには、一見無駄に思えるような発想やアイデアが有効なのではないかと考えました。一つずつ、事例と共に見ていきましょう。
無駄の価値(1)“愛着”を感じられる
一見無駄に見える仕掛けが、愛着を生むことがあります。分かりやすい例が、「あえてのひと手間」による成功例です。既製のものではなく自分の手で組み立てる余白のある家具や、撮った写真がすぐに見られず現像のプロセスが必要なフィルムカメラが人気を博していることは、あえてひと手間の労力をかけることで、結果に対して愛着が強くなることが分かる事例です。
実際に時間や労力を費やしたものに対して、人は特別な愛着を感じ、それを高く評価するようになるという心理学的作用は「コントラフリーローディング効果」としても知られています。これは、人だけでなくネズミやサルなどの他の動物にも当てはまる脳の働きのようで、動物的な本能として、簡単に手に入れたものよりも、何らかの対価や苦労を払って入手したものをより好むことが明らかになっています。ここからも、一見無駄に見えるものの中には、動物的本能を刺激して、愛着を育む価値があると言えるのではないでしょうか。
無駄の価値(2)“所属”を感じられる
次に紹介するのは、2023年上半期Z世代トレンドランキング(※3)のモノコト部門でもトップに輝いた「友達がやってるカフェ」の事例です。大手飲食チェーンがモバイルオーダーなどで効率化の接客を進める中、このカフェでは、店員が友達のようにタメ語で気さくに接客してくれる体験を提供し、話題になりました。
(※3)Trepo「2023年トレンド調査 上半期に流行ったのはこれ!Z世代が選ぶトレンドランキング5部門を発表」
SNSで行った人の投稿を見てみると、まるで友達のバイト先に遊びに行っている気分を楽しめることが人気の秘密のようです。店員と客の間に、一見無駄にも見える私語のようなコミュニケーションを取り入れて「共通言語」を設けることで、コミュニティに所属する理由が生まれることが分かる例ではないでしょうか。
また、私のいるチームでは、打ち合わせで本題に入る前に雑談する文化がありますが、一見無駄に見えて、実はあの時間があることでその後の一体感が生まれているとも感じます。無駄の中には、関係に共通言語をつくり、所属感を高める力があるのではないでしょうか。
無駄の価値(3)“学び”を感じられる
3つ目に紹介するのは、ブラインドブックという、ここ数年増えている本の新しい販売形態です。その名の通り、本の表紙をあえて隠し、気の利いたキャッチコピーや本の中の一説だけを書いたブックカバーに包んで販売するというものです。私も思わず買ってしまったことがありますが、開けてみるまでのワクワク感がたまりません。ですがそれ以上に、普段の自分だったら手に取らないような本に出会えることで、知らなかった世界を発見し、新たな学びにつながることが、この仕掛けの本当の良さなのではないかと感じます。
似た話で、よく新聞の魅力として、関心があるトピックばかりが目に入ってきやすいSNSのタイムラインとは異なり、アンテナを張っていなかったトピックも含めて、広くニュースが入ってきやすいことが語られたりしますが、これも物理的に紙を広げるという(一見無駄に見える)あえての不便があることで得られる価値です。
このような非合理で、一見無駄に見える偶有性(偶然備わった性質)や不便には、慣れ切った枠からはみ出し、成長につながる新たな学びをもたらしてくれる価値が潜んでいるのではないかと思います。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
サンリオに学ぶ「推し活」戦略 新規層をどんどん獲得できるワケ
サンリオが「推し活」に注力している。ピューロランドでは、推しの写真やアクリルスタンドを持った客が目立つ。サンリオに学ぶ「推し活」戦略とは……?
私たちはなぜ「黒い箱」に高級感を感じるのか “高見え”の正体に迫る
なんとなく、「黒い箱」って高級感を感じませんか? 世の中には“高見え”を意識した商品がたくさん存在します。この“高見え”とは一体何なのでしょうか?
クリエイターやプランナーに伝えたい いいアイデアには「寄り道」が必要なこれだけの理由
読者の皆さんは最近、寄り道していますか? 実は、寄り道はアイデアや企画を考える際に多くのメリットをもたらします。本記事では、寄り道の持つ可能性を考察してみましょう。
なぜ歯磨き粉はミント味? ヒット商品の誕生には「無駄」が必要なワケ
みなさん、最近無駄話をしていますか? 博報堂ヒット習慣メーカーズでは、これらの「無駄」こそ今の社会に必要なものだと考えています。本記事では、無駄こそが真の豊かさを求める上で最強の武器になると思う理由についてお話しします。
丸亀シェイクうどんの大ヒット 背景にある「あえてひと手間」が持つ効果とは……?
世の中には、「あえてひと手間」加えることでヒットした商品がたくさんあります。例えば、丸亀の「シェイクうどん」の大ヒットでも、「あえてひと手間」が効果的に作用しています。
D2Cはオワコンなのか 多くのブランドが淘汰された背景に“闇深い”事情【マーケターがいま読むべきヒット記事3選】
個人情報保護やサードパーティCookie規制に加え、目まぐるしいスピードで移り変わるトレンド………。マーケティングはどんどん複雑化し、継続的な新規顧客の獲得や、ファン育成の難易度が増しています。今回は、マーケターが今抑えるべきトレンドを紹介した人気記事を、ITmedia ビジネスオンライン編集部が厳選してお届けします。
「広告費0」なのになぜ? 12年前発売のヘアミルクが爆売れ、オルビス社長に聞く戦略
12年前発売のヘアミルクが爆売れし、2023年のベストコスメに選ばれた。「広告費0」「リニューアルも一切なし」を貫いてきたのになぜ? オルビス社長に戦略を聞いた。
“勝ち手法”だった「インフルエンサーマーケ」 急激に失速した2つの要因
D2Cの“勝ち手法”だった「インフルエンサーマーケティング」が急激に失速した。「D2C」を取り巻く市場は厳しい中、企業は従来の「インフルエンサーマーケティング」の認識をアップデートする必要がある。
D2Cはオワコンなのか 多くのブランドが淘汰された背景に“闇深い”事情
D2Cビジネスは冬の時代を迎えている。なぜ多くのブランドが淘汰されたのか……。背景に3つの理由がある。
数学好きにはたまらない? サントリー特茶が広告に「計算問題」を仕込んだワケ
「みさえのインスタ」がリアルすぎる? 55万人のフォロワーを魅了した広告企画がすごい
「バカじゃないの?」とも言われた――4℃は「ブランド名を隠す」戦略で何を得たのか
SNS上で一部ネガティブなイメージが語られ、度々話題を集めているジュエリーブランド「4℃(ヨンドシー)」。9月にブランド名を隠した期間限定のジュエリーショップ「匿名宝飾店」をオープンし、話題に。瀧口社長が「匿名宝飾店」を振り返って感じた手応えは……?
